オトナの教養 週末の一冊

2015年2月27日

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 目もくらむほどの明るい閃光が突然、視野の隅に現れた。それは生きているかのようにうごめき、広がって、大きな弧を描きつつ移動する。きらきら、ぎざぎざした歯車のような光の束が、みるみるうちに視界を覆った。

 何が起きているのか? 目に異常が起きたのか? それとも、頭がおかしくなったのだろうか。全身の細胞が警報を発し、拍動が大きくなる。

 足下を気づかいながら洗面所に行き、おそるおそる鏡をのぞく。眼球に異常はないようだ。しばらくして閃光が通過すると、空虚な闇が残り、そこだけ何も見えない。落ち着かなくては。考えをめぐらすうち、もしや、これがあの閃輝暗点か、と気がついた。

 閃輝暗点とは、片頭痛発作の前兆のひとつである。片頭痛の前に起こる視覚障害としてありふれたものだと、頭痛の専門医に聞いたことがあった。自分も頭痛持ちではあるが、はっきりとした前兆は初めてだ。原因がわかると、パニックはすうっとおさまった。

 そういえば、芥川龍之介も『歯車』という短編に閃輝暗点を描写していますよ、と専門医は言っていた。

 <妙なものを――と云ふのは絶えずまはっている半透明の歯車だった。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、――それはいつも同じことだった。>(芥川龍之介『歯車』)

 芥川のいう「妙なもの」が頭痛の前兆であるという知識がなければ、私はあの「妙なもの」に戸惑い、恐れをなし、パニックに陥ったままだったろう。そこにあるはずのないものを見たり、聞いたりする「幻覚」というものが、いかに私たちの心をかき乱すか、私は身を持って知ったのだった。

「脳の働きを洞察するための貴重な情報源」

『見てしまう人びと:幻覚の脳科学』(オリヴァー・サックス 著、大田直子 翻訳、早川書房)

 外的現実がまったくないのに生まれる知覚を、幻覚という。本書によると、光る歯車はまだ序の口で、巨大なクモや身長15センチの小人が見える、いない人の声が聞こえる、虚空に文字や音符が並ぶ、場違いな匂いがする……と、バリエーションは数限りない。

 こうした幻視、幻聴、幻嗅などは、私たちを不安にさせる。しかし、恐れることはない。幻覚とは、狂気の徴候でも、超常現象でも、不名誉なことでもない。

 それどころか、幻覚を通して、私たちは「神経機能の普遍的特性だけでなく自然そのものの普遍的特性を、自分自身のなかで経験できるのだ」と、著者のオリヴァー・サックスは語る。彼にいわせれば、幻覚とは、「脳の働きを洞察するための貴重な情報源」なのである。

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