オトナの教養 週末の一冊

2015年8月7日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 司法試験の受験指導を長年続けてきた伊藤塾塾長の伊藤真弁護士が、このほど『子どもの頭を良くする勉強法』14歳までに教えるべき「生きる術」を上梓した。子供が自分の力で考えて「賢く生きる武器」を身につけ、充実した人生を送るにはどうしたら良いかということを問いかけた本だ。伊藤さんに本書に込めた執筆の思いなどを聞いた。

――司法試験の受験生を教える伊藤さんが、子供の教育の本を執筆した動機はどんなところにあったのでしょうか。

 私は司法試験や公務員、俗に言う「文系のエリート」と呼ばれる人たちの学習指導をずっとやってきました。試験ですから合格する人がいる一方、不合格の人もいます。圧倒的多数は不合格です。でもそれ以後、どんな人が幸せになるかといえば、試験に合格したからといって幸せになる訳でないし、逆に試験に不合格になったから不幸になるということでもない。

 その後のいろいろな話を聞いていると、試験に合格しなかったものの、民間企業で活躍してこんなに幸せになっているとか、ベンチャーを立ちあげてこんなに頑張っているとか、試験という人生の一時点における一つの能力だけで、人の幸せなんて測れないということが、30年以上やっている中で、実感としてひしひしとわかる訳ですね。ところが大学生ですら、何か目の前の目標だけですべてが決まってしまうかのごとく、恐怖におびえたり、不安を感じたり、中には精神を病んでしまったり、視野狭窄というか物の見方がすごく狭い感じがするんですね。

 どうしてなのか考えて見たときに、小さい頃から優秀といわれる人たちは試験という試験を乗り越えてきた。もっといえば、学校の成績という価値基準が余りにも大きすぎて、そのモノサシにばかりに振り回されている。成績のよい子には、成績さえ良ければ成功するという間違った刷り込みが入り、もうひとつ成績があげられなかった子供たちはだから自分なんかだめだと。司法試験やって弁護士になろうというのは無理な話だと最初からあきらめてしまったりする。一つのモノサシだけで物事を判断してしまうことのもったいなさ、危険性がここにはあります。

 司法試験は文系の試験のいわば究極ですから、今はだいぶ楽になったといいますが、それでも難しい試験です。試験の最終ゴールにたどり着いた人と、最初からあきらめてしまう人と、両方極端にみていて、いろいろな幸せの基準があっていいのではないかと思ったのですね。結局は幸せに生きるためには何を学ぶのかということなのでしょう。そして学びを通じて、自分の幸福感を改めて親子で考えてみようという機会を持ってもらったらいいなと思ったんですね。

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