定年バックパッカー海外放浪記

2015年8月14日

»著者プロフィール
閉じる

高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

 ロドスタウンの旧港の付近には国立銀行、中央郵便局、国立劇場、電信電話局、警察署、カジノホテルなどの建物が整然と並んでおり全て黄土色の重厚な石造りでデザインも統一されている。

中央郵便局

 カジノホテルで支配人に聞いてみると、ロードス島は第一次大戦後イタリア領となり、これらの一連の公共施設はムッソリーニの時代に建設が始まり敗戦後の1945年以降に完成したという。

 国立劇場に行くとあいにく修復作業中であった。男女のギリシア人技師がおしゃべりしていたので聞いてみると建物の構造そのものは全く問題ないが内部が老朽化してきたので新築時を再現するべく作業していると。敗戦後もイタリア人建築技師はそのまま建設に従事したので見事な建築が今も残っているという。ベルリンの国会議事堂などナチス政権下でも多く建設された新古典様式であるとの説明。

国立劇場

 敗戦後の混乱の時代でも任務を遂行したイタリア人建築家のプライドに想いを馳せた。そのとき、25年前にイランに数年間駐在したときの光景をふと思い出した。ペルシア湾近くのイラン最南部での油田地帯のプロジェクトの現地視察をした際にカルン川という大河にローマ式の石橋の橋脚が残っていた。付近の世界遺産に登録された世界最古のダムもローマ的なデザインであった。

捕虜となったローマ兵のプライド

 もしかしたらローマ帝国が一時的に宿敵ペルシアを破り領土を現在のイラン南部まで拡大した時期があったのかと推理した。しかし歴史的にはペルシアは強大でローマ帝国との国境は常にはるか西方のシリアのあたりである。その後、塩野七生氏の『ローマ人の物語』を読んで疑問が一挙に解決した。

 すなわちカエサルの盟友のクラッススがペルシアとの戦いで大敗し多数のローマ兵が捕虜となりペルシアに連行され、ペルシア王の命令でイラン南部に橋とダムを建設したという史実があったのだ。これもローマ兵捕虜達のプライドであろうか。イタリア人気質の一端が理解できたような気がした。

 さらに修復作業中のギリシア人技師曰く、「近くのアラビア人墓地も見るべきだよ。1000年以上の昔、ロードス島はアラビア人のイスラム教国家の政治犯の流刑地だった。望郷の思いを抱えここで亡くなった人たちの墓地だよ」。

 ロードス島についてはオスマントルコに対抗したキリスト教の擁護者ロードス騎士団の英雄譚くらいしか知識がなかったが、ロードス島には幾多の民族興亡の物語が刻まれているようだ。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る