江藤哲郎のInnovation Finding Journey

2015年9月5日

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江藤哲郎 (えとう てつろう)

ベンチャーキャピタリスト

 鹿児島県出身。1984年慶應大商学部卒業。同年(株)アスキー入社。86年マイクロソフト(株)設立に参加し、マーケティング部長代理としてWindowsコンソシアム、マルチメディア国際会議等を立ち上げる。

 92年(株)電通入社後、デジタル・コンテンツの開発とビジネス化を推進。2002年から情報システム局でSAPアジア共通会計システムを中国・アジアの30拠点に導入他、国内外の全システム開発を担当。2013年から経営企画局専任局次長として、電通が約4,000億円で買収したイージスとのグローバルIT統合の責任者。

 2015年7月、ワシントン州カークランドにInnovation Finders Capitalを設立。AI、ビッグデータ等スタートアップを日本と繋げる。家族は妻と一男。
 

 後になって言われたことではあるが、2000年はインターネット・バブルの頂点とされている。その年、NASDAQ総合指数は3月10日の終値で、5048.62という絶頂を記録した。その崩壊から苦節15年、9・11テロや、リーマンショック等を経て本年3月2日、遂に同指数終値は5008.10となり再び5000越えを付けた。

 沸き返る証券市場。だが今回はバブルではないのか?翌日付WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)紙とUSA Today紙から読み解く。

 NASDAQはNASD(全米証券業協会)が開設した世界最大の新興企業向け株式市場である。マンハッタンのタイムズスクエアには株価を無数の大型テレビで表示するナスダックマーケットサイトがあり、その躍動と存在感を誇っているかのようだ。総合指数といっているのは、NASDAQ上場全銘柄の時価総額の加重平均を示す。つまりNASDAQ総合指数は市場価値そのものを日々ストレートに伝えており、感覚的にも極めて分り易い。

 一方でダウジョーンズの工業株30種平均や日経225平均は、選ばれた銘柄に独自の計算式を用いて指数をはじき出す。Average(平均)と言いながら単なる平均ではない特殊性がある。日経の計算式はダウからライセンス供与を受けているという。それぞれ年一度銘柄の入れ替えが行われるのも特徴だが、年中行事として企業の栄枯盛衰を表す感もあり面白い。2015年3月はダウ工業株30種平均にアップルが入り、AT&Tが退出した。端末メーカーと通信キャリアの立場が大逆転するという下剋上は、日本ではまだ起きていないし考えもつかない。

NASDAQ1.0から2.0で生き残ったのは
マイクロソフトのみ

 2000年3月10日、両紙がNASDAQ5000 1.0とする時点の時価総額は上から順にマイクロソフト、シスコシステムズ、インテル、オラクルだ。こう並べてみれば懐かしい顔ぶれでもあるが、当時はこの上位4社で計1兆6000億ドルの株式価値があった。

(出所)USA TODAY2105年3月3日 (出典)MARKET WATCH
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 しかし2.0となった2015年3月は顔ぶれがほぼ一新した。アップルが一社で時価総額8,000億ドルという抜きん出た存在となり1位。マイクロソフト、グーグル、アマゾン、フェイスブックと続く。グーグルは上場したのが2004年であり、フェイスブックはその年に創業しているため、当然2000年の顔ぶれにはない。筆者はこれを見て興味深かった。マイクロソフトだけは上位に残っていたのである。 

ビル・ゲイツ © naonori kohira

 この間、レドモンド(ワシントン州のマイクロソフト本社所在地)では何があったのか? 創業者の一人、ウィリアム・ヘンリー・ゲイツ三世(通称ビル・ゲイツは正式名をこう書く)は経営から退きCEO職のバトンをスティーブ・バルマーにリレーした。その後同社は新しい波に乗り遅れ、検索ではグーグル、SNSではフェイスブックに大きく後塵を拝したばかりかスマートフォンでアップルに完敗したと評される。

 ネットに乗り遅れた、もはや古い時代の会社でしかないとも。地元でマイクロソフティー(同社関係者を最近こう呼ぶ)同士で話すと、ビルとスティーブで経営をしていた時期は見解の相違が大きくとも結果的にバランスが取れた判断をしていたが、スティーブ一人になると新市場への参入タイミングを誤った……などという厳しい見方もある。

 だが、15年の時を経て時価総額上位に残れたのはスティーブの手腕とも言える。やはり、ウィンドウズやオフィスなど主力商品が変わらず巨大なキャッシュ・マシンとして機能し続けたからなのか。

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