オトナの教養 週末の一冊

2015年8月28日

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 小さなイボを切除する処置を受けた際、「感染症を防ぐよう、念のため」と、医師から抗生物質を処方された。

 抗生物質を飲むと必ず、お腹の調子がおかしくなる。できるだけ避けたいが、傷に病原体が侵入して厄介な事態になるのはもっと困る。背に腹は替えられぬ、というわけで、抗生物質を飲んだ。

 もちろん、途中でやめては耐性菌を養うことになるので、指示された量と期間を守った。服用をやめてもしばらくは腹痛、下痢などの不快な症状が続いたが、一過性だから我慢、我慢、とあきらめていた。

『失われてゆく、我々の内なる細菌』
(マーティン・J・ブレイザー 著・山本太郎 翻訳、いすず書房)

 ところが、である。本書によると、抗生物質による腸内細菌の撹乱は一過性ではない。何年も、場合によっては一生失ってしまう常在菌もあるという。

 抗生物質の乱用が耐性菌を生み出し、いたちごっこのように強毒化が進んでいる、という警告は、かなり前からあった。したがって、社会全体として抗生物質の乱用を控えるべき、という認識は広まったと思う。しかし、個々人の問題となると、「念のため」「一応」という意識は、患者も医師も変わっていない。

 抗生物質が仮に治療に役立たなくとも、患者に「害」はおよぼさない、という前提にもとづいているからなのだが、それが大きな間違いだとしたら・・・・・・。

 本書は、抗生物質の導入以来、半世紀にわたり、「我々の内なる細菌」ともいうべきヒトの常在菌が撹乱され、その多様性が失われたことで、「現代の疫病」が生み出されている、と指摘する。

 肥満、若年性(Ⅰ型)糖尿病、喘息、花粉症、食物アレルギー、胃食道逆流症、がん、セリアック病、クローン病や潰瘍性大腸炎、自閉症、湿疹などである。

 これらの世界的な急増や蔓延にはさまざまな要因が挙げられているが、アメリカの微生物学者で、ヒト・マイクロバイオーム研究の第一人者である著者、マーティン・J・ブレイザーは、動物実験や大規模疫学調査などを積み上げて、実証的に抗生物質と「内なる細菌」との関係をあぶりだしていく。

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