イノベーションの風を読む

2015年7月28日

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川手恭輔 (かわて・きょうすけ)

コンセプトデザイン・サイエンティスト

1990年代から、大手メーカーでインターネットサービスの企画・開発・運用を手がけ、自ら立案したグローバルなサービスを複数立ち上げた経験を持つ。その1つは、サービスのデザインでグッドデザイン賞を受賞した。コンピューターサイエンス関連の翻訳本も多数ある。

 7月3日に2015年版の通商白書が公開され、貿易収支が過去最大の赤字を記録したことによって、2014年の経常収支の黒字は、1985年以降で過去最少となったことが報告された。貿易収支の赤字の裏には海外生産の拡大があり、その直接投資収益とロイヤリティの収支は過去最大の黒字となっている。しかし、日本企業の次のような課題が指摘されている。

    •    わが国の輸出は、世界の需要を取り込んでいる品目もある一方、他国に比べ、伸びゆく需要の獲得割合が小さい。また、高付加価値化と数量増加を同時に進められていない。

    •    新しいビジネスが次々と生まれ、世界中から集められたアイディアと組み合わされることで、さらにビジネスが拡大する仕組みを作っていくことが必要。

 円安の恩恵で企業の業績が上向いてはいるものの、内実は見かけ上の売り上げと利益が増大しているだけで、長期的な観点で日本企業のグローバルな競争力が回復したと考えるのは早計だろう。前回「ソニー・エレキ復活のシナリオはあるか?」で指摘したように、ソニーに限らず日本企業はこれらの課題を解決するために必要な事業ポートフォリオの変更ができていない。

成功企業にとってイノベーターは病原菌

 コンテンツや情報がアナログからデジタルに変化し、コンピュータやインターネットで扱うことができるようになって、多くのビジネスで破壊的イノベーションが起きた。このデジタル・ディスラプション(創造のための破壊)の時代において、日本企業が生き残るためには自らを破壊してでも変革するイノベーションが必要だ。

 しかし、既存の大企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功し大きく成長した企業がさらなる成長のために最適化した組織は、病原菌が侵入したときの白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させてしまうといったものだ。

 日本の大企業(製造業)の「イノベーション」や「新規事業」というタイトルがついた組織の人とお会いすることがある。会社の期待を背負って創設された組織だと思うのだが、それらの方々の前職をお聞きすると、既存の事業の企画や販売や開発に携わっていたという方が多い。

 経営陣は、そういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように見える。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を伝えられていないので、まずは何をしましょうかというところから始めるしかない。コンサルタントと高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングなどの活動によって、提案書を作成したり、コンセプトのビデオを作ったりする取り組みを2~3回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が自然に消滅する。あるいはフェーズ2などといった延命によって時間が浪費される。

 言葉は悪いが、成功して大きく成長した企業にとって、イノベーションを起こそうという人材は病原菌だ。特に破壊的イノベーションと呼ばれるものは、自社の既存事業を破壊しようとするのであるから拒絶反応が起こるのは当然だ。そして、その拒絶反応を抑えて病原菌を育てることができるのは経営者だけだ。経営者は「イノベーション」というタイトルがついた組織を作る前に、育てるべき病原菌を探す必要がある。

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