WEDGE REPORT

2015年12月5日

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 試合のデータ解析が盛んになり、サッカーだと一試合での走行距離や時速24キロ以上で走ったスプリント回数、パスの回数などが数値で計測され、記事を賑わしている。サッカーWEBマガジン「QOLY」によると、2014FIFAワールドカップブラジルで一試合あたり最も走った選手の距離はアメリカ代表のマイケル・ブラッドリー選手で12.62キロだった。

 選手のプレースタイルにより、一概に走行距離が長い選手が優れているとは言い切れないが、チームへの献身性はここから見てとることができる。サッカーのグラウンドよりもやや狭い約100m×55メートルのフィールドで戦うラクロスで、30分ハーフの試合ながら11km走る女子選手がいる。ラクロスの強豪国オーストラリアで2008年よりプレーする山田幸代選手である。

地上最速の格闘技とも言われるラクロス。日本ではカレッジスポーツのイメージが強く、大学卒業後プレーを続ける選択肢が少ない。山田幸代選手は、日本とオーストラリアでのプレー、クリニック、また自らPRに励むなどラクロスに夢を持てる環境を作ろうと日々活動している

世界でも稀なラクロスライフを送る山田幸代選手

 山田選手はプレーシーズンの違いを利用し、半年はオーストラリアで、もう半年は日本でプレーしている。一年中ラクロスに励む世界でも稀なラクロスライフを送っている彼女は、今年11月にLacrosse SAの2015 Sportswomen of the Yearを受賞。100年以上の歴史を持つ南オーストラリアラクロス協会が初めて表彰した外国人選手となった。表彰の理由は『素晴らしい選手であることとラクロスへの貢献の結果』だという。山田選手は「最初は余りピンとこなかったのですが、選手としてはもちろん、U-23オーストラリア女子代表チームのコーチをしていることなども含め、評価していただいたことを嬉しく思います」と話した。

 高校時代にバスケットボールで全国大会に出場したこともある山田選手だが、大学ではバスケットボールはやらず、「花の大学生になる」とキャンパスライフを満喫するつもりでいた。しかし打ち込むことがなく、暇を持て余していた大学一回生の秋、ラクロスと出会うことになる。ラクロスにのめり込んだのは、競技の面白さはもちろんのこと、マイナースポーツゆえの前例のなさだった。

 社会人を経て、2007年にラクロス選手として初めてとなるプロ宣言をしたのも、自ら考え、行動し切り拓いてきた山田選手ならではの実行力だった。道なき道を行く山田選手を支えたのは、ラクロスへのたゆまない愛情とラクロスをメジャースポーツにしたいという情熱だった。そのため、選手としての活動だけでなく、シーズンが終わると、毎年クリニックを開催し、オーストラリアでの経験を日本に伝えると共に、ラクロスの普及活動にも励んでいる。

山田選手は大学院で学ぶ学生でもある。修士論文はマイナースポーツをメジャーにする道程について執筆中。また、母校・京都産業大学で50周年の広報大使や京都国際観光大使を務めるなど、仕事の幅は広い(写真提供:京都産業大学)

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