あの負けがあってこそ

2015年11月28日

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 2015年風薫る5月。3年に一度開催される世界剣道選手権大会が18年ぶりに日本で開催された。国内に177万人、全世界の約70%もの競技者を擁する日本勢は、男子個人戦、団体戦、女子個人戦、団体戦の全4種目を制し剣道母国のプライドを守った。

 しかし、最大のライバルである韓国を筆頭に世界のレベルは日本勢を脅かすまでに迫っている。

 その象徴的な試合が女子個人戦準決勝、「鷹見由紀子 対Yun Yung HU」だった。

 鷹見は前々回2009年ブラジル開催の世界選手権大会個人戦の覇者であり、前回のイタリア大会(2012)は団体戦のメンバーとして優勝を果たしている。年齢、キャリア、人格においても日本代表の主軸をになう存在として、2度目の個人戦世界一を目指して大会に臨んでいた。

鷹見由紀子さん

大学2年にして掴んだ栄光と挫折

 鷹見由紀子(たかみ ゆきこ) 福岡県生まれ。

 鷹見が剣道と出合ったのは小学1年生のとき。ピアノ教室に向かう途中にあった『如水館』でたまたま見かけたのがきっかけだった。熊本の名門阿蘇高校では2年時にインターハイ4連覇を経験し、卒業後千葉県の清和大学に剣道部の第一期生として入学した。

 個人戦である「全日本女子学生選手権大会」(以下、インカレ)では、1年生ながら3位の好成績を収め、2年時には優勝を果たしている。また団体戦の「全日本女子学生剣道優勝大会」でも、創部2年目にして全国制覇という快挙を成し遂げ、2005年度の清和大学は個人、団体ともに大学剣道界の頂点を極めた。

 「それなのに3年生ではインカレに出場しても1回戦負け、4年生では勝てなくなってしまうどころか、インカレの予選で敗退でした……」

 「1、2年生の頃はチャレンジャーとして強い気持ちで戦っていました。周りからもそのように見られていたと思います。運にも恵まれていました。ですが3年生になると試合が怖くなってしまったのです。1度優勝してしまったので、今度は追われる立場になって、守りに入ってしまったと言いますか、う~ん、迷いですね。私は今までどのように試合をしていたんだろうと考えてしまって、どんどん深みにはまって自分が見えなくなってしまったのです」

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