チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年1月25日

»著者プロフィール
閉じる

高田勝巳 (たかだ・かつみ)

株式会社アクアビジネスコンサルティング代表

株式会社アクアビジネスコンサルティング 代表取締役。拓殖大学で中国語を専攻し、1984年より1986年まで中国の遼寧大学、北京大学での留学を経て、1987年に当時の三菱銀行に入行。1993年より同行上海支店開設のために上海に赴任。1998年に同行を退職後、上海で独立し、それ以来上海を拠点としたコンサルタントとして活躍。2002年より現職。この間、多くの日中間のビジネスにコンサルタントとして関与、最近は日系企業の顧客以外にも中国企業の対日投資並びに技術導入も支援している。中国の第一財経テレビ、香港のフェニックステレビの時事討論番組のコメンテーターとしても活躍している。

 年初の日経新聞に日本経済生き残りの条件として、グローバル化の中で「相手国の目線に立つ」べきとの指摘があった(日本経済 生き残りの条件 グローバル化の大波に乗り成長を)。要するに、いくら技術が進んでいてもガラパゴス化ではダメだということのようだ。

 もっともだと思う。中国でも日本の基準にこだわり過ぎてオーバークオリティーになりコスト面で競合する地場、台湾、韓国、欧米メーカーに負けてしまう。市場がどこまでのクオリティーを求めているのかの見極めの問題だ。ただ「言うは易し」、不要な機能を減らすくらいであれば影響は少ないが、より本格的なコスト削減のために部品のクオリティーを下げれば、リスクが発生する。

iStock

「相手の目線に立つ」受け身が目立つ日本企業

 顧客からのクレームでブランド価値が下がるおそれもある。技術的なブレークスルーで画期的なコスト削減をしない限り、このリスクは付きまとうことになる。中国市場で成功している日本のメーカーは、上手くこうしたリスクを乗り越えているはずだ。中国において現地に密着した開発部隊を拡充する、24時間のメンテナンス体制により、万が一製品に問題はあってもすぐに対応できる体制を整えるなど、やるべきことはいろいろある。

 ただ、最近、上海で生活していると、日本企業が「相手の目線に立つ」だけでは所詮受け身であり、世界に出て行く場合、中国においても不十分ではないかと感じている。

 最近、ブランド戦略とデザインを一体化して企業をサポートするイギリスのチームと上海で一緒に仕事をした。上記のような受身の対応に限界を感じたある日系メーカーからの依頼で同社のブランド戦略の再確認、再構築とデザインの整合性を整えるためである。このチームはアジアにおいて、韓国と中国のメーカーのブランドとデザインも手がけている。

 ここで改めて再認識したのは、ブランド戦略とは多種多様、混沌とした市場環境の中で埋もれずに、自分の存在感を自分が狙った方向に、市場に強く認識させ、それにより自分の付加価値を高めるための手法であるということだ。ある意味能動的に相手の目線を自分の方向に誘導する手法とも言える。

 多少でもブランディングに触れたことのある読者はご存知だと思うが、ここで大事なのは、経営戦略、ブランド戦略とコーポレートアイデンティティ、ウェブ、広告、製品デザインが一つのストーリーに基づいて整合性を持っていることだ。ブランディングというものをあまり意識されない経営者は、この整合性を充分練らずに、デザイナーに対して漠然と今風のデザインを要求することがよくあるそうだ。

 昨年話題になった五輪デザインのパクリ問題も、元はと言えば依頼側の曖昧さからくる部分もあるのではないか。ストーリーを知らされていないデザイナーは無意識であったとしても、他のストーリーでデザインされた今流行りの他のデザインに影響されてしまうのではないか。自分で勝手にその製品のストーリーを妄想するのも変な話だ。主体はあくまでも依頼側の企業なのだから。

 ただ、企業側がそこまで求めないのであればデザイナーにとってはある意味割のいい楽な仕事かもしれない。ブランディングを練ってそれをアウトプットにまで反映させるにはそれなりの労力と時間がかかるのであるが、それをショートカットすることができるのだから。本当は、それをもってしてもあまりある将来の付加価値があるからこそするわけであり、しないのであれば反対に高い付加価値は期待できないのであろう。

 結論を先に言ってしまえば、グローバル化が進んだ現代のマーケットでは「相手目線に立つ」だけでは不十分で、その上で自分の哲学、理念、ストーリーを市場に認識させ、フォロワーを育てて行かないと淘汰されてしまうおそれがあるではないかということを強く感じた。

英、中、韓国のブランド戦略

 今回担当してくれたデザイナーは私の質問に対して根気強く、イギリスの文化背景からブランディングの成り立ちを教えてくれた。彼はスコットランドのスコットランド人でもなく、アイルランドのアイルランド人でもなく、イングランドのイギリス人。イギリス人とは何かと尋ねたら、イギリス人の祖先は主にドイツ、フランス、イタリアからイギリスに渡ってきたアングロサクソン族でそもそもが混血と。イギリスのロイヤルファミリーはもっと混血が進んでおり、さらにロシアやスペインなどの血も混じっている。因みにアイルランド人と、スコットランド人は北欧から渡ってきたケルト族でアングロサクソンとは別と。恥ずかしながら私はこの辺の基本的な事もよくは知らなかった(この辺の内容は厳密にはいろいろあるかもしれないがざっくりとした話として勘弁いただきたい)。

 こうした混血が進んだ欧州において生き残るには、自ずと自己の正当性を主張するブランド戦略が必要で、そうしたノウハウは政治面でも宗教面でも踏襲されている。政治面ではプロパガンダに活用されることもあり、宗教の布教活動は正にブランド戦略の一つの到達点かもしれない。今では、そのノウハウは経済活動にも活用されてブランディングと称されていると。

 なるほど、それは欧州の多民族、多国家が入り乱れた環境の中で生まれたもののようだ。そうした意味では、アジアにおいても、中国大陸に隣接し、古代から多民族間の争いに翻弄されてきた朝鮮民族である韓国の企業や、日本においても韓国系のオーナーが率いる日本の企業集団などのブランド戦略が上手く見えるのも頷ける。(政治的にも日本が韓国に慰安婦の問題などで振り回されているのもこうしたセンスと無関係ではないと感じている)。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る