ーーイラク派遣より前に入隊した隊員にとっては、自国を防衛することは稀にあったとしても、災害派遣がメインで、ましてや海外に派遣されるとは思っていなかったと予想できます。そういった戸惑いのようなものは自衛官を取材していて感じますか?
布施 それは人それぞれですね。確かに、これまでは外国の侵略を排除するとか災害救援など国内で国や国民を守ることが自衛隊の仕事でしたが、同盟国であるアメリカの要求に応える形で海外での活動をどんどん拡大し、自衛隊の仕事の前提が大きく変わってしまいました。そして、一昨年の7月1日の閣議決定で、ついに集団的自衛権の行使まで認めてしまった。「専守防衛」の最後の砦ともいえる、海外で絶対に武力行使をしないという大原則に穴をあけた。
海外で戦争をするかもしれない、そんなことを考えて自衛隊に入った人はほとんどいないと思います。実際、私が取材したある隊員も、東日本大震災の時に災害派遣で国民の命を救う自衛隊の仕事に誇りとやりがいを感じたけれど、集団的自衛権の行使容認以降、「自衛隊という組織は大好きだけど、外国の人々に銃を向けるような仕事は自分にはできない」と言って退職しました。
ーーやはり災害派遣にはやりがいを感じるものなのでしょうか?
布施 自衛隊の最大の任務は、外国の侵略から日本を防衛することですが、政府も「本格的な侵略自体が生起する可能性は低い」とはっきり言っています。しかし、可能性はゼロではありませんから、「備えあれば憂いなし」で万万万が一に備えて日頃から訓練しているのです。
それと比べて、日本は自然災害の多い国ですから、災害派遣は国民を守る仕事としては最もリアリティがあります。国民のために汗水を流し、国民のために仕事をしているというアイデンティティを感じる任務。実際にやったら国民から感謝されるので、やりがいも感じるのだと思います。
ーー自衛隊について本書では言及されていませんが、入隊を躊躇うような様々な問題が報じられています。それは借金やいじめ、自殺といった問題です。こられについてはいかがでしょうか?
布施 確かに、借金についてはよく耳にしますが、他でもよく報じられているので、この本ではあえて書きませんでした。自衛隊駐屯地のまわりには消費者金融が大抵あります。自衛隊員は公務員で安定していて、かつ駐屯地で駐在していれば管理されていますし、踏み倒される心配がありませんから、貸す側にとっては好都合なのでしょう。ただ、借金の問題は、自衛隊だけでなく、一般社会にもありますよね。
いじめの質変えた海外派遣
いじめについては、特に「営内班」と呼ばれる基地内で生活する隊員たちの間で多いと聞きます。閉鎖的な基地の中で24時間生活を共にし、かつ自衛隊には階級という絶対的な上下関係があります。そうした環境がいじめを誘発しやすいのです。
それに加えて、海外派遣が始まって以降、いじめの質が変わってきたのも事実です。
ーーと言いますと?
布施 海外派遣という実任務が増えるなかで、たとえば陸上自衛隊の中では「行動して結果を出せる本物の『強さ』を身につけろ」と強調されるようになりました。そして、訓練も、以前のような空想的な想定ではなく、どんどん実戦的になっていきました。一人ひとりの隊員に要求されるレベルも高くなっています。自衛隊はすべてが集団行動ですから、行動が遅い一人の隊員のせいで部隊が全滅することもあり得ます。だから、訓練についてこられない隊員に対して、「指導」という名の下にいじめや暴力が正当化されるようなことが起きています。
防衛省内の幹部の会議で隊員の自殺問題が話題になったとき、ある制服組の幹部が「精強な自衛隊をつくるためには質の確保が重要であり、自殺は自然淘汰として対処する発想も必要と思う」と驚きの発言をしました。これは、弱い隊員が自殺したと、自衛隊は強い隊員しか必要ではないからある意味しょうがないというブラック企業並のとんでもない発言でした。