教育の原点を考える

2016年5月15日

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池上眞平 (いけのうえ しんぺい)

元富士フイルム顧問

京都大学大学院工学研究科卒業。写真に興味を持ったことがきっかけで昭和45年に富士フイルムに入社。富士フイルムホールディングス取締役・常務執行役員兼務、富士フイルム顧問等を歴任、画期的なカラー写真フィルム開発の夢を実現し、平成23年退社。現在は社会に”恩返し”すべく、子供と若者に焦点を定めて様々な活動を行っている。

 激しく変わりゆく社会を子供や若者がたくましく生き抜いていく力を育てるということは、いつの時代にあっても大切な課題です。

 ところが、精神的・体力的にも弱く、不登校やひきこもり、いじめといった問題を抱えて苦しむ子供や若者が増え、そのことで多くの親・家族も翻弄され、本当の幸せが何であるのかを見失っている姿が目立つようになっています。80年以上もの歴史を持つ寄宿生活塾「はじめ塾」は、様々な子どもたちが自分達らしさを取り戻して“したたかに”かつ“しなやかに”生きる力を身につける場になっています。

 今回は塾生および元塾生の座談会から、はじめ塾との関わりによって彼らの糧になったものを感じていただきたいと思います。

はじめ塾にて“いただきます”をしている夕食の風景。右側手前の5人が塾長夫妻(正宏さん&麻美さん)と夫妻の子供達

寄宿生になったきっかけ

ひろじ(中学3年生男子):もともと都内の大学附属の進学校に通っていて、今とは全然違う生活でした。小学4年生ぐらいまではおとなしくて真面目に勉強するタイプでしたが、高学年になっていつも同じ仲間と部屋にこもって悪い遊びやゲームばかりするようになって、成績はどんどん下がって、学校もつまらなくなりました。そして中学1年生の途中から不登校になったのを父親が心配して、はじめ塾に連れて来てくれました。

 正宏先生の奨めに従って、まず体験入塾をしました。都会生活の経験しかない自分にとって初日から驚くことばかりでした。例えば、「色々な人が塾をいつも出入りしている」、「僕と同じ年頃の子達が食事を作っている」、「農作業までやっている」。みんな自分から用事を見つけて動いているのに、何をすればいいのかまったくわからなくて困りましたが、初対面の僕にみんながフレンドリーに接してくれたので助けられました。1年前には考えられなかった生活で、自分でも少しずつ「生きていく力」みたいなのが付いてきたように思います。

なつみ(中学3年生女子):兄がはじめ塾と関わっていたので、小学生の頃から学習会や稲刈りに参加していて、6年生の終わりには「大人になるための準備講座」にも参加しました。仲良くなった女の子に会えるのが嬉しくて合宿にも参加するようになりました。最初のうちは寄宿生のように動けなくて遊んでばかりいました。家だったら親から注意されるのに、ここでは誰からも何も言われなくて、いいところだなあと感じていました。塾長の正宏先生と塾長の奥さんの麻美先生には小さなお子さんが3人いて、その子達と一緒に過ごすのは楽しいなあとも思っていました。

 友達とのトラブルがきっかけで中学1年生の後半から学校に行かなくなって、はじめ塾に通うことが増えました。通塾ではなくてみんなと生活してみたいという思いが強くなっていた頃に「寄宿してみる?」と言われて、めちゃくちゃ嬉しかったです。今、寄宿して半年なので、まだまだ分からないことも多いですが、塾での生活にもだいぶ馴染んできました。

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