2024年4月25日(木)

WEDGE REPORT

2016年5月27日

中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部 教授)。1967年生まれ。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了。ワシントンポスト極東総局記者、日本政府国連代表部を経て、日本国際問題研究所に入所。2014年から現職。専門は米国政治・外交。

 こうした流れの中で、政権最終盤に訪問が本格的に検討されるであろうことは、しばらく前から関係者の間では囁かれてきた。しかし、これは突き詰めていくと、大統領自身の個人的なアジェンダでもある。米国の最高司令官として、この象徴的訪問を何が何でも実現させなければならないかというと、そうではないだろう。米国の死活的国益がかかっているわけではないし、この訪問がなければ、日米関係が持たないということではない。波風を立てないことを優先するならば、退任後というオプションもあるだろう。

 しかし、広島訪問は、オバマ大統領自身が政権発足直後に世界に対して高らかに示した「核なき世界」と不可分の関係にある。政権も終わりを迎えようとしている時、まさに弧を描くかのように、政権発足時に掲げた「あるべき世界」への道程を再確認する場所として広島は不可欠である。

オバマ大統領の思い 世界に方向を示す

 オバマ外交は、一見大胆なようでいて、現実には極めて慎重な外交政策を展開してきた。オバマ外交の理想主義は、「あるべき世界(the world as it should be)」を視野におさめながらも、世界はその実現を容易には受け入れない「あるがままの世界(the world as it is)」に拘束されているという認識を踏まえたものだった。シリア内戦の惨状を前にしても、オバマ大統領は、米国にできることは限られていると割り切り、情緒的な介入論を退けた。

 その結果、長期的には大胆な目的を掲げつつも、短期的には慎重な、ともすると消極的と批判される外交政策を展開してきた。そうした中、「核なき世界」というビジョンは、「あるべき世界」と「あるがままの世界」の緊張関係がはっきりと現れる典型的にオバマ的なアジェンダでもある。

 大統領の心の内を垣間見ることはできないが、オバマ大統領自身が訪問を希望していることはまず間違いないだろう。学生の頃から核軍縮に関心を持つ大統領自身が、自ら筆をとって演説を起案し、世界に対して再度、進むべき方向性を自らの言葉で提示する。すぐには到達できないが、究極の頂に至る道筋を自らの言葉で敷き詰めていく。そして、それは自身の退任後の活動とも連動していく。こう考えると、大統領が訪問を自分の政権を締めくくる重要なピースの一つとして位置づけていることは間違いないだろう。

 しかし、大統領選挙というもう一つの「あるがままの世界」の侵入に、政権は頭を悩ましているに違いない。


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