赤坂英一の野球丸

2016年9月7日

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赤坂英一 (あかさか・えいいち)

スポーツライター

1963年、広島県生まれ。86年に法政大学文学部卒業後、日刊現代に入社。88年より、スポーツ編集部でプロ野球取材を担当。同社勤務のかたわら週刊誌、月刊誌で、スポーツを中心に人物ノンフィクションを多数執筆してきた。最新刊『すごい!広島カープ 蘇る赤ヘル』(PHP文庫、『広島カープ論』増補改訂版)が重版出来で2万部突破。ノンフィクション『失われた甲子園記憶をなくしたエースと1989年の球児たち』(講談社)が第15回新潮ドキュメント賞にノミネートされた。ほかに『プロ野球「第二の人生」 輝きは一瞬、栄光の時間は瞬く間に過ぎ去っていった』(講談社)『最後のクジラ――大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生』(講談社)『プロ野球コンバート論』(PHP研究所)など。

 プロ野球では昔も今もキレる外国人選手の存在が騒ぎの火種になる。そのたびに、人種や国境を越えたコミュニケーションの難しさを痛感する。そんな〝永遠の課題〟を改めて思い出させたのが、巨人のマイルズ・マイコラスとヤクルトのローガン・オンドルセク(現ボルチモア・オリオールズ)である。
マイコラスは8月28日、横浜スタジアムでのDeNA戦に先発、強い雨の中で苛立ちを爆発させた。「ミットを止めろ!」と捕手の小林を怒鳴りつけたり、打席で三振すると膝でバットをへし折ったり。さらにベンチでドン、ドン! とバットで床をたたき、そのバットをぶん投げたりというプッツンぶり。

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 ヤクルトでクローザーを務めていたオンドルセクは、ヒットを打たれるたびに「外野手の守備位置がおかしかったからだ」と不満を露わにするようになった。次第に練習や登板を拒否する言動が目立ち始め、6月26日、神宮での中日戦で九回に登板し、レフト・比屋根のエラーで同点にされると、ついに首脳陣やチームメートに向かって激高。203㎝、104㎏の大男が暴言を吐いて荒れ狂い、真中満監督に試合途中で帰るように命じられた。

 オンドルセクは翌日から謹慎処分となり、球団幹部に謝罪して解除されたものの、二軍の練習に合流したのち、7月になって家族とともにアメリカへ帰国。その直後、「精神的にヤクルトでプレーを続けることは困難だ」と代理人を通じて球団に連絡を寄越し、結局そのまま退団してしまった。それから程なく大リーグのオリオールズと契約してヤクルト関係者を驚かせたが、防御率9点台とまるでふるわず、ロースターから外されている。

 一連の経過を見る限り、オンドルセクに非があるのは確かだろう。しかし、来日1年目の昨季はチームに馴染み、いつも上機嫌で、ニコニコしながら、下ネタジョークを連発して、記者を笑わせていたものだ。

 オンドルセクがとくに下品だったわけではない。とにかくストレスが溜まりがちなブルペンでは、こんな下ネタで緊張感をほぐせる投手ほどチームで人気がある。本拠地・神宮への通勤手段はいつも自転車(クロスバイク)で、休日は夫人と一緒に電車に乗って渋谷、浅草、秋葉原へショッピングに行くなど、彼なりに日本に馴染もうとはしていたのだ。

 巨人・マイコラスの気さくな人柄はチームメートだけでなく、報道陣にもよく知られている。来日1年目の昨季は、登板試合を必ず観戦に訪れるローレン夫人が大変な美人だと評判になり、マスコミのリクエストに応じて何度もキスシーンを披露。「アメリカでは妻が試合を見に来るのは当たり前だよ。特別なことをしてるわけじゃないんだけどね」と戸惑いながらも、嫌な顔ひとつせずに対応していた。囲み取材では質問に答えるだけでなく自ら記者を指名し、「キミ、ぼくに何か聞きたいことない?」と質問を促しているほど。

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