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2016年8月27日

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木崎英夫 (きざき・ひでお)

スポーツジャーナリスト

1983年に早大卒業後、フジテレビ「プロ野球ニュース」のナレーションや、J-Waveのナビゲーターなどを務め、放送界で10年の実績を積む。94年に米国永住権を取得後、野茂英雄の鮮烈デビューから大リーグ取材を開始。2004年にイチローが年間最多安打記録を更新した際、その瞬間を現地シアトルからニッポン放送で生実況する。
日刊スポーツでイチロー番を10年担当。13年より時事通信社通信員として活動中。近年は米社会の事象を独自の視座で捉える取材も開始。シアトル在住。元大リーガーの大塚昌則(現晶文)の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当した。

 イチローが大リーグ通算3000本を達成してから初めてのロードとなったシンシナティでのこと。レッズとのシリーズ最終戦(18日)、全体練習前の午後5時前にクラブハウスの雑用を担当する若者数人が、イチローのロッカーの前にピザの箱を次々と積み上げていった。数えると、イチローの背番号と同じ51箱だった。

ロッド・カル—氏

 やがて、イチローが通訳を伴ってクラブハウス入り。いきなり右へ折れた。苦笑いの後、すぐに反対に切り返す。シリーズ最終戦の4戦目にして、相変わらずの方向音痴ぶりを発揮したイチローが、自分のロッカーの前で、一瞬、固まった……。一番上の箱にあったメモを見て、ようやく顔が緩んだ。

 レッズの主砲ボットが2日前に受けたジョークのお返しにと、マリナーズ時代にイチローが遠征先で好んで食べたある有名ピザチェーン店のチーズピザを大量注文。イチローが贈った物を「僕からは言えない」と仁義を通すボット。これには、後日、かつてダブルヘッダーの間にドーナツを10個たいらげたことを聞いていたイチロー自身が先制ジョークをしかけたことを明かした。あの日、ボットは最後に真顔でこう言った。「ベテランとなった今、これまで以上に尊敬の念が強くなっている。彼の動きから学ぶことは多い。こうしてジョークを交わせることはラッキーだとさえ思っている」。

 3000本を前にしてにわかに集結した日本報道陣も今は通常の人数へと収まり、認め合う他チームの選手ともジョークを楽しむほど、イチローには余裕が生まれている。

 8月25日(日本時間26日)現在、安打数を3009本へと伸ばし、歴代27位タイまで1本としているイチローは、偉業を達成した8月7日の会見でその道程への思いや代打の難しさから記録を前に揺れた胸の内など、いくつもの感情を披瀝した。その中で、多くを語らない打撃について堂に入った表現を施している。

 「ただバットを振るだけで3000は無理。僕の根底にあるのは自分なりに説明ができるプレーをしたいということ」

 技術そのものには一切触れていないだけに、ピンとこない向きは多いだろう。しかし、「説明がつく」にこそ、イチローの打撃の精髄が隠されている――。

 03年の5月だった。セーフコフィールドに涼風がそよぐある日の練習前に、時間を割いてくれたイチローはこう言った。

 「僕の動きにはすべて意味があり、その説明がつく」

 別言すれば、フィールド上のプレーには走攻守において必ず意図するところがあるということ。4年前の夏にトレードでシアトルを離れて以降、チーム事情から控えに甘んじ、日々の取材対応は比較にならないほど少なくなった。今年7月、球宴休みを翌日に控えた前半戦終了時には「機会が少なすぎて表明することじゃない」と、求められた総括を拒んでいる。ならば、ほぼ毎日打席に立ち、輝きを放ち続けたシアトル時代に時計の針を戻し、“説明ができる打撃”の淵源を探ろうではないか。

 イチローが紡いだ言葉が、秀抜な打撃を浮かび上がらせる。

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