早 野:私がスズキ・メソードでヴァイオリンを習い始めたのは、たしか4歳の時。当時は父の勤め先が信州大学だったので松本に住んでいたんです。たまたま鈴木鎮一先生の教育方針に心酔した父の友人が才能教育研究会の事務局にいたご縁で松本にあったスズキ・メソードに通うことになり、ほどなくして鈴木先生に直接指導を受けるようになりました。15歳になるまで続けましたから、11年あまりかな。
習っている間はほぼ毎週1回、鈴木先生のお宅にレッスンに伺っていたんだけど、高校に入った15歳のある日、鈴木先生に「今日で最後です。私は科学の道に進みたいので、音楽家にはなりません」とお伝えしました。
編集部:えっ、全米演奏旅行にも参加した早野さんが辞めると聞き、鈴木先生はガッカリなさったのではないですか?
早 野:いえ、それはありませんでした。なぜかといえば、鈴木先生にはもともと、「音楽家」を育てるおつもりは無かったと思うんです。つまり子供を、音楽を通じて「人」として育てるのであって、音楽家という特殊な人種に育てることを強調しなかった。
スズキは創立からの70年間、ヴァイオリンやピアノの国際コンクールでも受賞するような音楽家をたくさん輩出し続けてきました。でも音楽家にならずに、異なる道に進んだOB・OGもたくさんおられます。研究者、作家、棋士、弁護士……。様々な道に進んだ人が大人になり、「あの時スズキ・メソードでレッスンを続けていて良かったなあ」と振り返ってくれることが、鈴木先生が望まれたことではなかったかな、と思っています。
子供の才能は「家庭で育てる」が基本
編集部:日本にはさまざまな音楽教室が展開していますが、その多くは教室で講師と1対1になり、教則本を進めていくという方法が採られています。私が通っていた大手音楽教室もそうでした。スズキ・メソードの場合は、どのようなレッスン方法を採用しているんでしょうか?
早 野:特徴の1つは、保護者、おもにお母さんにレッスンに随いてきてもらうということでしょうか。一緒にレッスンを受けたお母さんは、家に帰ってお子さんのレッスンを見る‘先生’になる。親子で練習を進めておき、また1週間後に講師のレッスンを受けます。
鈴木先生は、「子供は家庭で育つ」ということを、常に言っておられました。子供にとっての環境の大部分は家庭にあり、まずは家庭で、母語のように音楽を繰り返し聴き、弾き、聴き、弾く。音楽教室は、その基礎の上にあってこそ成り立つ場所です。
レッスン時間の最初は、よい演奏を聴くことから始まります。お父さんお母さんの母語を覚えるように、子供が自然に「あんな風に弾いてみたい」と思うことが大切で、子供自身が「うまく弾けた」と思うことができれば、達成した喜びで次のステップへ進むことができるでしょう。これが鈴木先生の仰る「母語教育法」です。