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2016年9月21日

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 スズキの教則本の第一番は音階練習ではありません。誰でも知っている「きらきら星」です。これを耳で覚えた子供がまず曲を弾いてみて、先生や親が聴く。親だけではなく、ほかの生徒が一緒に聴いている場合だってあります。また子供が弾く、の繰り返し。楽譜を見ないで弾けるようになったら、次の曲に行くんです。ときどき、同じ曲に戻ることもありますよ。でもそうやって何度も何度も同じ練習を繰り返すので、時間が経ってもその曲を弾くことができるんです。

 僕はこの前50年ぶりにヴァイオリンを持たされて弾いてみたら、当時の練習曲が何とか弾けたんです。自分でもびっくりしました(笑)。

編集部:たとえ半世紀前であっても、一度習得したことはなかなか忘れないということですね。鈴木先生も「生まれて来る子供たちは初めから文化的な存在ではないが、文化の高い生活態度をもった家庭で育てれば、その子供は立派な教養を身につけた、文化人となりましょう」と仰っています。

教育投資は早いほどいい

早 野:このところ、幼児教育に関して、教育投資のタイミングが話題になっています。有名なのはノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者ジェームズ・ヘックマンの研究です。ヘックマンによれば、「就学後の教育の効率を高めるには、就学前教育が大切」で、彼の著書『幼児教育の経済学』には、子供に教育投資をしたタイミングや額と、その子供が大人になってからの犯罪率、大学をドロップアウトせず卒業できたか、などの関係を調査した結果がまとめられています。

 この本で明確に述べられているのは、同じ教育投資をするなら、幼児教育に投資をすべきだということ。大学受験に投資するくらいなら、幼児のときに投資したほうがよい。なぜなら、幼児のときにきちんと教育された子は、犯罪率や大学中退率が低いという調査結果が出ているのです。

 では、何を投資するべきか。算数・国語とか、学校の教育で計れるようなもの(認知的能力)に投資しても、結果的には意味がない。もちろん、入学以前に教科内容を習っていれば、学校に入った時点ではいい成績を取れるでしょう。しかしその優位差は、卒業する頃にはほとんど無くなってしまいます。

 経済学分野では、人間の生産性に関する格差を「人的資本」という概念で説明してきました。この人的資本には「認知能力」と「非認知能力」があり、学校や塾でのIQテストに代表される認知能力に対して、「非認知能力」とは、個人特性、選好、自制心、情報処理能力などを指しています。いわば「性格」のようなものです。

 ヘックマンは、この「非認知能力」を身に付けさせることにこそ、意味があると言っています。たとえばこの著書でも頻出する「GRIT」(やり遂げる力)。月曜はピアノ、火曜はバレエ、水曜は学習塾……と、毎日違う習い事をさせるくらいなら、子供が関心もったことを1つ選ばせてしっかり学ばせたほうがいいんです。

編集部:習い事を通じて、人間としての基礎を躾けるということですね。だから進む道が音楽家であるか否かにかかわらず、根気よく努力できる大人に育つ。

早 野:人格形成には、家庭での躾や環境が大きく影響します。音楽の場合は、繰り返し訓練を続けることを通じて、非認知能力を身につけることができるのだと思います。

 あとは、自分に嘘をつかない子に育てるというのはとても大切です。

編集部:音楽はスポーツのようにスコアが出るわけではないから、どこまで練習するかという判断は講師、そして最後は自分に任されますね。

早 野:そうです。子供自身が「この曲はまだ弾けていないな、来週先生に会うまでに練習しておかないとまずいな」と、思えるようになるかどうか。自分に嘘をつかないことが、自分の性格といってもいいくらい身につくか。それがのちの人生にとって大事です。

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