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2016年9月27日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所特別研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 もともとロシアは中国の抱える領土問題には深入りしない方針を貫いており、なんとかロシアを自国側に引き寄せようとする中国との間で綱引きが続いてきた。たとえば2005年に実施された初の中露合同演習「和平使命2005」では、中国側が台湾海峡に近い浙江省で実施し、台湾問題でロシアを自国の側に引き込みたかったと言われる。これに対してロシア側は内陸部の新疆ウイグル自治区での実施を主張し、最終的に山東半島での実施が決まった。

 ただ、ロシアが海上での演習に付き合ったのはここまでで、次回以降の「和平使命」演習は全て陸上での実施となった。さらに2011年には予定されていた「和平使命2011」が実施されず終いとなったが、これも海上での演習実施にこだわる中国と、それを避けたいロシアとの間で折り合いが付かなかったためとされる。

 そこで中露の合同演習を仕切りなおす形で2012年に始まったのが「海上連合」演習であったわけだが、以上の経緯を踏まえるならばこの演習名はなかなか意味深である。「海上」と名が付くからには、もはや陸上演習でごまかすというわけにはいかなくなるためだ。

ウクライナ危機のインパクト

 もっとも、「海上連合2012」では、依然として中露の立場に食い違いが見られた。当初、中国のメディアは、同演習の過程で中露合同艦隊が対馬海峡を合計3回通過するなどと報じていたが 、実際には対馬海峡の通過は行われなかった。また、演習では合同司令部は設置されず、ロシア艦隊は演習が開始される22日の前日に中国に到着したために十分な摺り合わせも行われないなど、形式的な側面が目立った。さらに演習終了後、ロシア太平洋艦隊の一部は南シナ海の領有を巡って中国と対立するヴェトナムを訪問し、中国一辺倒でないことをアピールすることも忘れなかった。

 ところが2014年の「海上連合2014」では、ロシアは東シナ海での演習実施に同意した。中露の艦艇が合同で編隊を組むなど、内容面での密接さも増した。東シナ海といえば日中が領有権を争う尖閣諸島を含んでいるため、同海域での演習に踏み出したことは大きな変化であると言える。これに先立ってロシアはウクライナへの軍事介入を行い、西側との関係が急速に悪化していたことから、中国との共同歩調をアピールすることは西側への牽制になるという狙いがあったものと見られる。ただし、中国側がより尖閣に近い海域での演習実施を主張したのに対し、ロシア側がこれに難色を示した結果、東シナ海北部が演習海域となったと伝えられるなど、ここでもロシアは中国の思惑に対して一定の距離を取った。

 2015年には、さらに新しい展開が生まれた。「海上連合」演習が2段階に分けて実施され、しかも第1段階の実施場所には地中海が選ばれたのである。さらにこの演習に先立ち、中国艦隊はクリミアを目の前に臨む黒海のノヴォロシースク港にも寄港していた。中露が地中海で合同演習を行ったのも、「海上連合」演習が2度に分けて実施されたのも初めてのことであった。

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