母子手帳が世界を変える

2016年11月9日

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杉下智彦 (すぎした・ともひこ)

東京女子医科大学国際環境・熱帯医学講座教授

東北大学医学部卒業。ハーバード大学公衆衛生大学院(公衆衛生修士)、ロンドン大学アジア・アフリカ研究大学院(医療人類学修士)、グレート大学キスム校大学院(ケニア)にて博士(地域保健開発)を取得。を取得。青年海外協力隊でマラウイに派遣(外科医師)されたことをきっかけに、国際協力機構(JICA)の国際協力専門員(保健課題アドバイザー)として、アフリカを中心に30か国以上で保健システム案件の立案や技術指導に携わるほか、WHOや世界銀行などとともに「持続可能な開発目標(SDGs)」や「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」などの策定に関与。2014年ソーシャル・ビジネス・グランプリ大賞受賞。2016年医療功労賞受賞。2016年10月より東京女子医科大学国際環境・熱帯医学講座(教授/講座主任)。

ケニアにおける母子手帳の現状

母子手帳を持って乳児検診に並ぶケニアのお母さんたち

 ケニアの保健センターや診療所を訪問すると、真っ先に目に飛び込んでくる光景があります。それは赤い表紙の母子健康手帳(ケニアではMother and Child Health Bookletと呼んでいます)を大切そうに抱えながら乳児検診を待つお母さんたちの姿です。それもそのはず、ケニアにおける母子手帳の普及率は90%を超え、アフリカでダントツの普及率を誇っています。また、母手手帳は、ケニアにおいて妊産婦の必須アイテムとして広く認識されているばかりか、通常は社会的な弱者である貧困層の家庭や若いお母さんのほうがより所持率が高いという研究結果も出ており (注1)、「貧富や部族間の差がなく」みんなが持っている健康ツールとしての地位を確立しています。

 さらには、「手帳を破損したりなくしたりすると様々な恩恵が受けられなくなる」「無料なはずなのに有料で配っている施設がある」というお母さんたちの声を反映して、ケニア保健省は母子手帳専用のビニール袋を同時配布し、手帳の表紙に「Not for sale」という印刷をするという徹底ぶり。最近では、母子手帳と生活給付金支給の連動、母子手帳を活用した電子カルテシステムの開発、そして携帯電話やスマートフォン用の電子母子手帳アプリの開発など、こと母子手帳に関してケニアはまさにフィーバー状態にあると言えそうです。

母子手帳の普及に尽力した二人の女性リーダー

 私はJICA技術協力プロジェクトのリーダーとして、2009年から2013年までの4年間ケニアに滞在しました。その間、地域保健システムの改善に取り組みながら、母子手帳の普及を側面支援してきた経験があります。ケニアで活動中、母子手帳の普及に尽力した功績者として、何度も名前を耳にした二人の女性医師がいます。一人は、母子手帳を日本から導入し、ケニア保健大臣を説得して予算を確保し、全国展開までたったひとりで成し遂げてしまったアナ・ワマエ医師。もう一人は、私財をなげうって、ケニアの母子手帳をアフリカ全土に広げる活動に普及する活動を推進するミリアム・ウェレ博士。この二人の女性リーダーの努力なくして、ケニアの母子手帳の発展を語ることはできません。

 ワマエ医師は、小児科医として地方の保健行政官として研鑽を積んだ後、ケニア保健省家庭保健課に配属され、最終的には家庭保健局長となり、ケニアの母子保健行政リーダーとして様々な手腕を振るった女性医師です。JICAによる本邦研修に2度参加する機会を得て、日本の母子手帳に感銘を受け、来日中に母子手帳に関するありとあらゆる資料を収集したそうです。

 その後、日本からの技術支援を得ずに、ケニア版母子手帳の開発を自分たちのチームのみで成し遂げてしまいました。その後の普及にあたっては、当時HIVの母子感染を予防するためのPMTCT(prevention of mother-to-child transmission:母子垂直感染防止プログラム)を推進していた米国開発庁に掛け合い、それまで併存していた妊婦検診カード、乳児予防接種カード、家族計画カードを母子手帳として統一し、さらに資金を調達して普及のためのパイロット実施(2007年から2009年)を行って手帳の有効性を検証しました。まさに開発から普及までのプロセスをたった一人で、しかも短期間で成し遂げてしまった素晴らしい行動力の女性リーダーです。

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