赤坂英一の野球丸

2016年11月9日

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赤坂英一 (あかさか・えいいち)

スポーツライター

1963年、広島県生まれ。86年に法政大学文学部卒業後、日刊現代に入社。88年より、スポーツ編集部でプロ野球取材を担当。同社勤務のかたわら週刊誌、月刊誌で、スポーツを中心に人物ノンフィクションを多数執筆してきた。最新刊『すごい!広島カープ 蘇る赤ヘル』(PHP文庫、『広島カープ論』増補改訂版)が重版出来で2万部突破。ノンフィクション『失われた甲子園記憶をなくしたエースと1989年の球児たち』(講談社)が第15回新潮ドキュメント賞にノミネートされた。ほかに『プロ野球「第二の人生」 輝きは一瞬、栄光の時間は瞬く間に過ぎ去っていった』(講談社)『最後のクジラ――大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生』(講談社)『プロ野球コンバート論』(PHP研究所)など。

 かつて松井秀喜の背番号55を背負った男は、北の大地で花開くことができるのか。

 先ごろ、巨人・大田泰示外野手、公文克彦投手、日本ハム・吉川光夫投手、石川慎吾外野手との2対2の交換トレードが成立した。このシーズンオフ最大の大型トレードで、両チームのファンの間では、誰がどれだけ活躍できるか、どちらがどれぐらい得したかと、来季の予想や損得勘定で持ちきりだ。24歳の公文、23歳の石川は年齢的にもこれまでの実績からしても、将来性を見込んでの補強であり、どちらも控えという位置づけになるだろう。また、長らく日ハムの先発の一角を担ってきた年俸9000万円の吉川は、巨人でも同様の働きをすることが前提である。

日ハムが与えてくれる開放感

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 そこで最大の興味の焦点は、巨人で「未完の大器」と言われた大田が、東京から札幌へ移ってブレークするかどうか。2008年秋のドラフト1位で東海大相模から将来の主砲として巨人入り、球団の期待も大きく、松井の背番号だった55を与えながらも一軍に定着できず、8年間の通算成績は試合225、打率2割2分9厘、9本塁打。当初は大型内野手という触れ込みだったが、ミスが多いために11年から外野へコンバートされ、背番号も14年から44へ変更された。意地の悪い言い方をすれば、「松井二世」から「並の選手」に格下げされたような8年間だった。

 そんな大田でも、栗山英樹監督は積極的にチャンスを与えるはずだ。15年のシーズン途中、巨人・矢野謙次が移籍した際は、6月10日にトレードが発表された3日後、6番・DHでスタメンに抜擢。期待に応えて3安打猛打賞をマークした矢野は、2日後の試合でも逆転3ラン本塁打を放ち、ヒーローインタビューのお立ち台で感涙にむせんだ。

 二岡智宏(現巨人打撃コーチ)もまた巨人から日ハムにトレードされて蘇ったひとりである。08年に足の故障と女性スキャンダルが重なって放出され、もう終わったかと思われていたところ、翌09年に勝負強い打棒が復活。09、10年と2年連続でオールスターにも選ばれた。当時、沖縄の名護キャンプへ二岡のインタビューに行ったら、巨人時代とは打って変わった茶髪で現れ、ざっくばらんに長々と話を聞かせてもらい、あれ? こんなによくしゃべる選手だったっけ? と狐につままれたような気分になったものだ。

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