使えない上司・使えない部下

2016年12月20日

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 今回は、元プロ野球の巨人や近鉄の投手で、現在、建設会社・スチールエンジ株式会社(中央区)代表取締役社長である 松谷竜二郎さん(52歳)を取材した。

 松谷社長は1988年、ドラフト2位で巨人に投手として入団。藤田元司、長嶋茂雄の2人の監督に仕えた。1995年には近鉄へ移籍し、97年に引退。その後、建設業界の会社に就職し、2003年からスチールエンジの社長を務める。社長就任後、巨人OBの王貞治に出会い大きな影響を受け、今日に至る。

「元プロ野球の選手」なんて肩書きは通用しません

松谷竜二郎さん

 1997年にプロ野球(近鉄)を引退したときに、考え抜きました。「なぜ、自分はダメだったのだろう」と失敗した理由を考えると、今後、生きていくヒントが見つかるのではないかと思ったのです。そして、生き方や考え方を180度、変えてみようと決心しました。

 まずは、プロの世界にいたという過去の誇りを捨てることでした。当時、34歳。建設現場で働く18歳の職人さんから、「こんなことも知らないのか!」と罵声を浴びせらせる毎日だったのです。とても屈辱的で、何度も辞めたいと思いました。

 しかし、巨人時代の藤田監督や末次(利光)コーチの紹介で入社させていただいた会社ですので、絶対にいい加減な辞め方はできなかったのです。見返すためにも、早く仕事を覚えようと必死でした。職人さんや営業先の方々と仕事の会話ができる知識を一日も早く身につけたい。その思いが、すべてでした。

 「元プロ野球の選手」なんて肩書きは通用するとは思っていません。

 営業先で野球の話をしたところで、「だから、何?」「今日は何のご用?」と聞かれるだけではないか、と不安でいっぱいでした。

 (1988年、藤田監督時代)ドラフト2位で巨人に入団しましたが、結局、プロとして自分が思い描いたところに達することはできなかったのです。

 プロで成功するためには、同じことを続けるという強い意志があることが大前提。「球を速く投げる」「打球を遠くへ飛ばす」という、単純ではあるものの、奥の深いことを自分なりに追求し、いかに改善できるか、数えきれないほどに繰り返すことができるかどうか。それらを極めることができるか否か。それができない人が、フェード・アウトしていくのだと痛感しました。今思えば、私もその一人だったのかも知れません。

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