中国という鏡に映った日本人の自画像

2017年1月7日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知大学現代中国学部教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

 おそらく一行は、酷い所に来てしまったと思ったに違いない。だが上海の汚さは、この程度ではなかった。ゴミ捨て場と見紛うほどの川の流れに「數萬ノ舶船屎尿」が加わる。じつは上海の街には井戸は5、6個所しかなく、しかも「ソノ濁レルコト甚シ」。そこで、否応なく川の水を容器に移し、石膏やらミョウバンを加えてゴミを沈殿させ、上澄み水を飲む。山紫水明の国土からやって来た武士たちにすれば、こんな「惡水」を口にできるわけがない。だが飲まざるをえない。そこで「皆病マザル者ハナシ」。

3人の死者を出した汚水

 かくして日本から連れてきた炊夫ら3人の葬式を営まざるをえなくなった。

iStock

 これが当時の上海の衛生状態であると共に、孔子を生んだ国の現実であることを、彼らは改めて思い知らされたに違いない。

 死に至らずとも床に臥せ「苦難ノ餘リニ嘆息」した納富は、体調回復の後に「苟モ遠ク絶域ノ地ニ赴クニハソノ地理風土ヲ聞キ知リ第一時候ヲ考へザレバ、カクノゴトキ大難ニ逢フ」と猛省し、加えて新提案を記す。

 ――だから、中国にやってこようとするなら、上海だけに限らず、長江を遡行して他の都市に停泊するか、天津や香港などに入港すれば「惡水」に苦しむこともないはずだ。天津、香港に加え廣州、瓊州、潮州、厦門、福州、鎮江、寧浪、漢口、台湾、牛荘も通商港として開放されている。だから、これらの港に向えば、多方面からの情報も入手でき、見聞を広めることもできるだろう――

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