学びなおしのリスク論

2017年3月11日

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漆原次郎 (うるしはら・じろう)

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』『日産驚異の会議』『宇宙飛行士になるには』など。

 「リスクに備えよ」という言い回しがある。こうした警句があるのは、リスクへの備えが十分でないことの裏返しなのだろう。

 日本では、十分とはいえないものの、自然災害のリスクに対し、ハード面やシステム面は相当に発達してきた。

 いっぽう、人の心構えという面では、いまも「リスクに備えよ」が警句でありつづけている気がする。日本は地震も大雨・台風も避けられない国土であり、そうした自然現象はこれからも起きつづけるとわかっていながら、あまり災害に備えようとしないからだ。

 2016年5月に経済広報センターが実施した「災害への備えと対応に関する意識・実態調査」では、3人に2人が、自身の災害への備えが「不十分」と答えたという。

 日本では自然災害は多いけれど、多いがゆえに「起きて当然」「被ってもしかたない」という精神性がはたらき、それが日本人の自然災害リスクへの備えに影響をあたえているのではないか。

 けれども、死に直面した瞬間、もし自分の備えが十分なら死を免れられたかもしれないと感じるのであれば、やはり「備えておくべきだった」と思うのではないか。後悔は先に立たない。

 国民性や精神性というものは風土に根ざしているから簡単には変わるものではない。それゆえ、自然災害を「起きて当然」「被ってもしかたない」と思いがちな日本人だからこその自然災害への備え方を考えなければならない。

 今回、話を聞いた神戸学院大学教授の前林清和氏は、著書『社会防災の基礎を学ぶ』や論文「災害と日本人の精神性」のなかで、日本人の精神性から災害観を捉え、その災害観を前提とした防災や減災のあり方を唱えている。

 とくに日本人の「無常観」の存在は、これからの防災や減災を考えるうえで、大きな要素となるようだ。詳しく話をうかがった。

前林清和氏。神戸学院大学現代社会学部社会防災学科教授。博士(文学)。キャタピラー三菱での勤務、また、筑波大学文部技官を経て、神戸学院大学へ。1995年の阪神淡路大震災におけるボランティア活動を機に、防災や減災への取り組みを研究や活動のテーマのひとつとする。2011年の東日本大震災発生後、大学の東日本大震災支援対策本部副本部長にも就任した。おもな研究分野は「社会防災」「社会貢献学」「心身論」。著書に『社会防災の基礎を学ぶ―自助・共助・公助』(昭和堂)などがある。

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