オトナの教養 週末の一冊

2017年4月7日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――ヨーロッパには公用語は複数ある国もありますが、そうした国々との違いとは?

嶋田:ベルギーやスイスといった多言語国家は、1つの国が複数の言語を話す民族で構成されているので、多言語状態は自然なことです。アイルランドの場合、元々アイルランド語という1つの言語を国全体で使っていたところに、先ほど説明したような歴史的経緯で英語が流入したので状況が異なります。

――こうした母語が入れ替わる事例は世界的に見て珍しいのでしょうか?

嶋田:小さな村の少数民族の言語が隣接するより大きな言語に取って替わられることはさほど珍しくはありませんが、国ほどの大きさではなかなかありません。

 小さなコミュニティでは、例えばアフリカ諸国。さまざまな部族語があり、そこに国の公用語としてスワヒリ語をはじめとした共通の言語があります。そうした少数民族の言語は常に微妙なバランスにあると言えます。

 アイルランド語には文字も書記法も文学もあります。だけれども、日常的に使う言語が変わった。しかも、英語という国際語に替わったことで、戻せない状況があるんです。

――言語の交替は、日本人としては想像が難しいかもしれません。今後日本でも起こりうる可能性はあるのでしょうか?

嶋田:学生にアイルランドの二言語使用状況や、英語が実質的な公用語となっている国のことを話すと「羨ましい」といった反応もあります。幼い時から国際語である英語を学んだり、話したりできる環境があれば、苦労せずに英語を話せるのにといった意見です。こうした意見は、悪いことでも、非難すべきことでもありません。

 先日開かれた本書に関連するシンポジウムには、研究者の他に一般の方々や企業の方にも多く参加していただきました。日本でも言語交替が起こりうるのか、日本語はこれからも安泰なのだろうかといった問いにも、登壇者とフロアを含めて活発な議論が起こりました。日本がこれから英語とどのようにつきあっていくのかは、様々な知見をもって考えていかなければなりません。

 言葉は、コミュニティを単位とすれば3世代あれば替わることが可能です。元来土地に根付く言語以外の話者が増え、その土着の言語とそれ以外の言語を併用する状態が生まれ、世界や自国を取り巻く環境によって、バイリンガルの話者があとから来た言語の単一使用者になれば、言語交替は起きる可能性があります。ある領域ではこの言葉を使うといったことをドメインという言葉で表しますが、アイルランドの事例では、アイルランド語のドメインが次第に狭まり、英語が優勢になっていきました。もちろん、すべての言語接触が言語交替を引き起こすわけではありません。

 日本で言語交替が起きるかどうか、その結論は社会が決めること、あるいは自ずと決まっていくことです。ただ、日本の人口が減少し、経済を支えるためにも移民を受け入れた時、移民の方にも分かるような簡単な日本語を基本とする、もしくは英語を使ったほうが意思疎通が楽で国際的にも通用するという状況が生まれるかもしれません。英語狂騒曲が流れている現在だからこそ、ちょっと立ち止まって自分たちの日々の行動や世の中の流れを考えてみることはあってもいいのかもしれません。

――最後に、読者にメッセージをお願いします。

嶋田:『英語という選択』の特徴として、人によって面白いと思う章が違う、ということがあります。言語学を学んだことがある方と、そうでない方では読み方も違ってくるかもしれませんし、いただくご感想を見ても、読者によって違うところを、でもちゃんととらえてくれていたりします。本書を読んで、ついにアイルランドへ行ったという話も聞きます。いろんなものを詰め込んだ本だから、全章を読み切ってもらうのは難しいかもしれないけど、読んだところだけでも買って良かったと思ってもらえるような本にしようと、まだ見ぬ一般の読者を想像しながら書いていました。本書から新たな出会いが生まれればとても嬉しいです。

  
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