WEDGE REPORT

2017年4月24日

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中西準子 (なかにし じゅんこ)

産業技術総合研究所名誉フェロー

産業技術総合研究所名誉フェロー。専門は環境リスク論。東京大学工学系大学院博士課程修了。東京大学教授などを経て、2010年、文化功労者を受賞。『環境リスク学』(日本評論社)で毎日出版文化賞受賞。

 しかし、10年の国勢調査では8万6000人が居住していた1119平方キロメートルの避難指示区域の除染と帰還は遅れに遅れ、帰還困難区域を除く大半の地域で、避難指示が解除されたのは、事故後6年経過した今年の3月である。しかも、帰還人口は2割に届かないと推定できる。除染の遅れ、避難指示解除の遅れが帰還者を減らし、復興を難しくしてしまっている。その原因は、ゼロリスクの呪縛である。

 帰還した場合問題になるのは、外部被ばく(体外からの放射線による被ばく)であるが、国は、除染によって、年間追加線量が20ミリシーベルト以下で、長期的には1ミリシーベルトをめざすとした。しかし、この線量になっても、避難指示の解除はなかった。また、なぜ年間20ミリシーベルトが選ばれたのか、この場合のリスクはどの程度かについての説明もなく、唯一の説明は、ICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)などの提案した値であるということだった。

 年間1ミリシーベルトは食品の安全基準設定にも用いられ、日本社会で「ゼロリスク」と受け止められていたこともあって、住民は自分達の帰還時の目標追加線量が年間1ミリシーベルト以下であるべきと強く主張した。そして、年間1ミリシーベルト以下が達成できないので、避難指示解除ができないという状態が続いた。

 福島県では、福島県立医科大学教員や各地からの応援医師などによる放射線健康影響についての説明会が、信じられないほど多く開かれている。その努力には、本当に頭が下がる。ただ、やや線量の高い地区に帰還した場合の健康リスクはどういうものかの説明はなかったように思う。

 そもそも、国が目標の線量レベルの意味を説明しなかったのは、リスクがあることを言いたくなかったからで、現地の先生方も、「放射線被ばくに関連する固形がん(おそらくは甲状腺がん以外)の発生率が識別可能なレベルで放射線に関連して上昇することはないと推定」(UNSCEAR2016の報告)という説明が精一杯だったと思う。

 私は、13年9月に開かれた日本学術会議のシンポジウムで、避難指示区域の住民のうち、できるだけ多くの方が帰還できることを最優先事項として、年間5ミリシーベルト以下の地区なら、避難指示を解除すべしという意見を出した。それは、帰還できる時期や人口、現在では4兆円を計上している除染費用など、他のリスクとの比較をした上での結論であったが、同時に、年間5ミリシーベルト程度の地区に永住した場合の累積放射線量によるリスクを受容してもらうという意味が含まれていた。

 年間5ミリシーベルトは、広島・長崎の研究から、これが原因でがんが増えたと証明できない程度のレベルである。多くの人に早く帰還してもらうには、一定程度の放射線リスクを受容してもらうということがどうしても必要だ。

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