同じことの繰り返しで見える真実

大峯千日回峰行大行満大阿闍梨・慈眼寺住職 塩沼亮潤


安斉辰哉(あんざい・たつや)
月刊「WEDGE」元編集長。

トップランナー

人間の可能性を追求して、一度きりしかない人生を、精一杯切り拓こうとしている人々へのインタビュー。真の“トップランナー”が語る珠玉の言葉に込められた、その逞しい“人間力”に触れれば、あなたもきっと、やる気がみなぎるはず。

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「千日回峰行は、台風が来ようが体調が悪かろうが、休むことはできません。毎日、同じ道を繰り返し行きます。目の前にある一段一段を精いっぱい歩んだ結果として、今の私があります」

 奈良県吉野の大峯山で、1999年に千日回峰行を成した塩沼亮潤大阿闍梨。翌年、四無行(断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける)も満行し、大阿闍梨の称を得て、現在は故郷仙台に開山した慈眼寺の住職を務める。回峰行の間は、一日も休まず同じ時間に同じ道を登り、下る。繰り返しを実践する中で得られた気づきが、塩沼阿闍梨という人物の器をつくった。

行のはじめの坂を歩くだけで自分の体調や
自然の気配がどう違うのかがわかる

塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)
1968年生まれ。高校卒業後、吉野山金峯山寺で出家得度、99年に大峯千日回峰行を満行。2000年に四無行を満行し、大阿闍梨。故郷仙台市秋保に慈眼寺を開山し、住職を務める。著書に『人生の歩き方』(到知出版社)、『心を込めて生きる』(PHP研究所)ほか。  写真:田渕睦深

 一見、単調な行のようだが、すさまじいの一言。道が開かれた明治時代以降でも行を完遂したのはわずかに2人で、3人目はまだ出ていないのも納得できる。標高364メートルの蔵王堂を0時半に発ち、漆黒の中を提灯と杖を頼りに延々24キロの険しい山道を登り、8時過ぎに標高1719メートルの大峯山頂に至る。同じ道を下って15時半に帰堂、自ら掃除洗濯、翌日の準備をして19時に就寝、23時半には起床。

 往復48キロ、標高差1300メートル超を毎日歩くのだ。ちなみに正月の箱根駅伝で、最長かつ最難関の山登りの5区でも、距離23.4キロで標高差800メートル超。しかも千日回峰行では、蔵王堂からの4キロは林道だが、それからは登山家も通わぬ獣道。地に脈打つ大木の根を踏み越え、岩をよじのぼり、半歩先は断崖絶壁という道を、白装束がポツンと行く様が目に浮かんでくる。孤独の行が、開山の間(5月~9月)、毎日繰り返され、9年かけて1000日を数える。

 「5月の山頂は雪が降ることも珍しくなく、6月になると栄養失調になり、梅雨明けとともに猛暑、そして台風や雷のシーズンが訪れ、その頃は疲れもピークで血尿が出ます。加えて、40度近い高熱が出たこと、下痢が止まらなかったこと、心臓の具合が悪くなったこと、いろいろなアクシデントがありました。しかし、行の間は寺の敷地から出ることは許されませんから、医者に診てもらうことはできず、もちろん行を休むこともできません」

 なぜ、千日回峰行をしようと?

 「小学生の頃、酒井雄哉大阿闍梨(比叡山で千日回峰行を2度満行)の行をテレビで見て『自分もこの行をやりたい』という感情が湧いたことを覚えています。それがきっかけですが、後から思えば回峰行者になることが私の定めだったのでしょう。あとは、人が好きだから、ではないでしょうか。人と人は、仲良くするのは意外と難しいものですが、みんなが仲良く暮らせる世の中になったらいいな、そのためには自分に嫌いな人がいたらダメだな、そんな自分を克服したい─。それが行につながったのだと思います」

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