『源氏物語』が書かれたのは十一世紀のはじめ、ちょうど千年前のこと。書かれた当時からすでに傑作として高い評判を得たらしく、作者の紫式部が仕えた中宮・藤原彰子は、一条天皇の皇子を出産して宮中に帰る時、『源氏物語』を持参したという。
物語といえば「女の気晴らしの読みもの」と見下されていた時代に、『源氏物語』だけは同時代の男性貴族たちが競って話題にした。『源氏物語』を読んだ一条天皇は、「この作者は日本の歴史を講義したらよかろう。本当に学識があるようだ」と感想を述べたと『紫式部日記』は伝えている。中宮彰子の父・左大臣藤原道長は紫式部に向かって、「あなたは色恋の物語の作者なので、言い寄らない男はいないだろう」と言って冷やかした、という。
この二つのエピソードからは、『源氏物語』が歴史を描いた作品として読まれた一方で、華やかな恋物語として読まれたのだということが分かる。今日では『源氏物語』といえば恋物語とばかり考えられているが、かつてはむしろその歴史的な面に大きな関心が向けられていた。『源氏物語』はそういう二重性を持った作品なのである。
本書では物語のさまざまな仕掛けを解き明かしながら、『源氏物語』の奥深さを探る。それがタイトルの「謎解き」の意味である。『源氏物語』は読者の様々なレベルの興味や関心、問題意識に応じて、それにふさわしい相貌を見せてくれるだろう。物語の展開に即しながら、『源氏物語』の面白さ、その複雑な仕組みや表現についてわかりやすく解説する。