WEDGE REPORT

2017年12月30日

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石井孝明 (いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト

慶大経卒。時事通信記者、経済誌フィナンシャル・ジャパン副編集長を経て現在、フリーで執筆活動を続ける。アゴラ研究所の運営するエネルギー情報サイト「GERP」の編集も担う。

 東京電力の福島第一原発を2017年11月に取材した。事故から6年半が経過し、危険のあった現場は様変わりしていた。最新技術を使い、日本のインフラ企業が総出で支え、放射線被害が拡散するリスクはなくなった。廃炉までの道のりは完全に見通せないものの、状況は一歩一歩改善している。

オールジャパンの支援

 建屋の水素爆発、住民の避難と社会混乱、地域の崩壊――。福島原発事故で、報道やSNSで拡散した衝撃的な光景が人々の脳裏に今でも残る。

 しかし危険は大きく減っていた。取材で筆者らは3時間ほどを福島第1原発内ですごしたが、被ばく量は0.1マイクロシーベルト(μSv)。日本の他地域よりやや高い程度だ。構内の95%では通常の作業服を着て、マスクも簡易なもので作業している。もちろん一部には高い放射線量で間近には行けない場所もある。

 三菱重工、日立、東芝などの原子力企業、鹿島や大林組などの大手ゼネコン。原発の入口の建物の壁には、この大工事に関わる日本を代表する企業の名前と社章が、鼓舞するようにかかげられていた。東電は協力企業約40社に工事を発注し、そこからさらに約1000社がかかわる。最盛期には1日7000人、11月時点で5000人が働く巨大な工事現場になっていた。まさに「オールジャパン」の体制である。

 東電は、現場で働く人の環境整備に力をいれる。同社は14年に事務棟(現在は協力企業が利用)、15年に現場で働く人向けの大型休憩所、そして16年10月には新事務本館を作った。各建物には休憩スペースがあり、食堂では福島産の食材を使う温かい食事が380円で提供されている。種類も豊富だ。休憩所内にはコンビニもあり、夏場にアイスが売れる。取り組みは大変好評という。事故直後は構内の建物の大半が地震と津波の影響、さらに放射性物質の汚染で使えず、主に事故処理の指揮をした免震重要棟で東電の事務や協力企業の休憩や作業準備が行われた。事故直後は常に免震棟ごった返しており、食事も乾パンやクラッカーなどしかなかった。

福島第一原発の事務棟横の桜並木が残り、人々が普通に歩いている。

 今は全国的に好景気で人手不足が生じている。東電は人を確保するために、長期、さらに随意の契約をして、取引先が人の手配をしやすくしている。「廃炉までの道のりは長い。協力企業の皆さまに、安全に、そして長く働いていただける環境を整えています」(東電広報)という。

 現場には悲壮感はなく、落ち着いた通常の工事現場になっていた。東電社員は行き交う人に「お疲れ様です」「ご安全に」という声をかけていた。これは他の電力会社の現場での光景と同じだ。

廃炉作業に最新技術

 それでは事故を起こした原子炉は今、どのようになっているのか。事故では6つの原子炉のうち稼動中の1、2、3号機は地震で緊急停止したものの、津波で冷却装置が壊れたことで加熱、燃料が溶解した。1号機、3号機が漏れた水素が引火し建屋が爆発した。3号機とつながる4号機も水素が流れこみ建屋が爆発した。

 各号機の炉の状況は、燃料の大半が格納容器・圧力容器の中にあると思われるものの詳細は不明だ。遠隔操作ロボットなどで情報を集めている。

 東電はまず、建屋内に保管された使用済み核燃料を取り出す予定だ。1号機と2号機は23年度末を目処に取り出し作業を開始する予定だ。すでに4号機からは14年中に取り出した。今は破損した各号機の建屋上部の片付けを進め、3号機では18年度中頃に取り出し作業を開始する方針だ。見学時点では、3号機には建屋上部を覆う屋根カバーが設置されていた。放射性物質の拡散を止めるためだ。

現在の3号炉。保管されていた使用済み核燃料の取り出し作業が進む。

 東電によると、3号機の最上階の放射線量は、事故直後は、毎時800mSv程度あった。除染や防護壁を設けたことで今は毎時0.8mSv程度まで低下した。しかし長時間の作業は人体に悪影響をもたらす可能性がある。そのために原則は遠隔操作のクレーンで、保管プールからの取り出し作業を進めるという。工事の進む3号機と違い1、2号機では線量の高いところが残るため、その確認を行いながら作業をする。

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