Washington Files

2018年6月16日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 「トランプ、北朝鮮への熱情湧出」(ニューヨーク・タイムズ)、「サミットは金正恩の勝利」(ワシントン・ポスト)、「トランプは演出は上出来だったが、中身はどこに?」(ボストン・グローブ)、「トランプの奇妙な野望は不完全燃焼で幕」(ロザンゼルス・タイムズ)--いずれも米朝首脳会談終了翌朝の各紙社説のきたんない見出しだ。

 「北朝鮮の核の脅威はなくなった」―13日、歴史的米朝首脳会談を終え、ワシントンに戻ったトランプ大統領はこう成果を高らかに謳いあげた。だが、アメリカの主要メディアそして識者の多くは懐疑的で、むしろ「勝者」は北朝鮮そして中国だとする冷めた見方が広がっている。

(Photo by Chris McGrath/Getty Images)

 2年前の大統領選でトランプ候補を熱烈支持した中西部の一部の保守系新聞を除けば、全米の多くの新聞は、首脳会談は「政治ショー」だったとし、その実体は過去の米朝を加えた6カ国協議の蒸し返しにすぎず、また北朝鮮側に譲歩しすぎたことなどにも言及している。

 これとは対照的なのが、北朝鮮メディアの報道ぶりだ。

 国営とはいえ、朝鮮中央通信は結果について「敵対的だった両国関係を時代の要求に合わせ、画期的に転換させる大きな出来事だった」と高く評価し、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」も「世紀の出会い」の詳報や関連写真を大々的に掲載し、高揚感をにじませた。

 米側の専門家たちが、今回首脳会談で金正恩委員長が「勝者」だったとみなす根拠は、以下のような理由からだ。

  1. これまで「ならず者国家」「テロ国家」の烙印を押され世界から異端視されてきた北朝鮮の最高指導者が、初めてシンガポール・サミットで世界最強国アメリカの大統領と堂々と渡り合い、各国から集まった3000人を超す報道陣による大々的露出により「普通の国家」として世界の仲間入りを果たした。国のイメージ・アップのために最大級の効果が現出された。
  2. 会談終了後の「共同声明」では、米側がかねてから北朝鮮に要求してきた「完全かつ検証可能で不可逆的核廃絶」(CVID)という文言は盛り込まれず「完全な廃絶」とだけ述べて、今後、非核化実現のカギとなる検証と核再開発封じへのコミットメントが欠落した。会談直前までトランプ大統領やボルトン大統領補佐官らが公言してきた「すみやかな非核化」達成に向けての具体的なロードマップ(道筋)についても何も示されなかった。
  3. 金正恩氏が「朝鮮半島の非核化に向けた堅固で揺るぎない決意を再確認」したのと引き換えに、トランプ大統領が「北朝鮮の体制の安全の保証」を約束した。
  4. この「安全の保証」と関連して、トランプ大統領自身が驚くべきことに米韓合同軍事演習について「挑発的だ」と表現して中止を約束、金委員長を喜ばせる一方、米国の同盟国である日韓両政府に動揺と衝撃を与えた。
  5. さらにトランプ大統領は会談後の記者会見の中で、在韓米軍の存在そのものにも言及「いつの時点かで3万2000人のわが兵士たちを韓国から引き揚げさせることを希望する」と述べ、米議会共和党幹部の間からさえ失望と反対の声が挙がった。

 これに対し、トランプ氏にとっての成果を強いて挙げるとすれば、

  1.  金氏から「北朝鮮が朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組む」との約束をとりつけた
  2. 朝鮮戦争で死亡した米兵の遺骨収集と米国への返還に即時着手する用意が表明された。

 この2点ぐらいにすぎない。

 このうち、「完全な非核化」については、今年4月南北首脳会談で採択された「板門店宣言」に盛り込まれた文言と同じであるばかりか、「北朝鮮はすべての核兵器および既存の核計画を放棄する」とより具体的に明記した2005年9月の北朝鮮を含む6カ国協議共同声明と比較するとむしろ後退した印象だ。

 こうしたことから、総じて言えば「史上初の米朝首脳会談」の「勝者は北朝鮮」とする指摘にはそれなりの説得力がある。

関連記事

新着記事

»もっと見る