Washington Files

2018年7月2日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。現在、神田外語グループ参与。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 「もはや北朝鮮の核の脅威はなくなった」

 トランプ大統領が米国民向けに意気揚々と放った非核化宣言の雲行きが怪しくなってきた。6・12米朝首脳会談以降、北朝鮮の核・ミサイルの現状にいささかの変化がないばかりか、「すみやかな廃棄」に向けたプロセスすら先行き不透明だ。

 北朝鮮の非核化展望について、大統領はじめ米政府当事者たちの発言が揺れている。

 トランプ大統領は去る6月17日朝の自らのツイートで「米韓合同軍事演習の中止は私自身の要請によるものだ。演習自体、金がかかるし、北朝鮮と非核化の交渉をしているときに挑発的な灯りをともすことはよくない。もし、交渉が破たんした場合は、演習をただちに再開する。そうならないことを臨むが…」と含みのあるコメントをした。つまり、今後の非核化プロセスが思い通りに進まないこともありうることを示唆したものだ。

(cgj0212/GettyImges)

 しかし先月20日、大統領はミネソタ州ダルースの共和党集会で一転して「先の米朝首脳会談後の共同声明はナンバーワンの声明だ。われわれは北朝鮮のトータルな核廃棄にただちに着手する。金正恩は(非核化の約束を守ることによって)北朝鮮を偉大で成功をおさめる国にすることを確信している」と自信たっぷりに語った。

 さらに同日ホワイトハウスで「核全廃のプロセスは既に始まった。北朝鮮は4カ所の大実験場を破壊した」と明らかにした。

 ところが、この点について記者団に聞かれたマティス国防長官は「私は関知していない。非核化のための詳細な交渉はまだ始まっていないし、現段階ですぐに始まるとは私は思っていない」とコメントし、大統領発言との微妙な食い違いが表面化した。

 一方、Fox Newsによると、ポンペオ国務長官は6月21日、閣議の席上「金正恩労働党委員長は非核化の約束を忠実に履行するだろう。彼は、自分たちの国のより明るい未来を創るためにも、できるだけすみやかに非核化を進めると思う」との楽観論を展開した。

 つまりここまでの段階では、在韓米軍や国防情報局(DIA)などを通じて北朝鮮国内の最新の軍事情勢と動向に通じているはずのマティス長官が、非核化に向けての具体的な動きが始まったことに否定的な見解を示す一方、大統領と国務長官はともに積極的な評価を下しているかに見えた。

 ところが、その後、突然、ポンペオ長官自身が楽観論から後退した発言をした。6月25日になって、CNNテレビとの電話インタビューで次のように述べたのだ。

 「私は(非核化交渉のための)タイムラインを、それが2カ月後であれ6カ月後であれ、あえて設けるつもりはない。われわれは先の米朝首脳会談で合意した内容を達成できるかどうかを見るためにすみやかに前進していくことにコミットしている」

 米主要メディアの間では、この発言は婉曲的表現ながら、トランプ・ホワイトハウスが、
北朝鮮による非核化に向けての具体的行動開始時期について何ら担保されておらず、果たして、実際に核放棄する意図があるのかどうかも確信を持っていないことを認めたもの、と受け止められている。 

 この点で注目されるのが、アジア情勢に詳しい「The Diplomat」紙に6月22日掲載された、中国国際問題研究所研究員Cui Lei氏による「北朝鮮非核化がほとんど不可能である理由」と題する寄稿文だ。

 同氏によると、まず最初に、北朝鮮が米朝会談での非核化約束を履行しなくてもよくなった

「最近の国際政治情勢の展開」が挙げられるという。すなわち米中関係の変化だ。

 トランプ大統領が去る6月15日、中国製品に対し、500億ドル(約5.5兆円)相当の輸入課税を発表して以来、中国側が同様の報復措置をただちに打ち出すなど次第に両国間の「関税戦争」がエスカレートしてきた。しかし、対立は貿易面のみならず、必ず安全保障面にも波及しいくことになる。

 そこでもし、北朝鮮が今後、非核化着手のための具体的一歩を踏み出さなくなった場合、米国は北朝鮮に最大の影響力を行使できる立場にある中国の手を借りざるを得なくなるが、中国側は米国による貿易面での対中強硬措置に対する報復として、協力要請を拒否する可能性があるという。

 金正恩朝鮮労働党委員長は先の米朝首脳会談と前後して、すでに3度にわたり訪中、習近平中国国家主席と親密に会談したが、中国側は非核化について北朝鮮の従来の主張通り、米側が要求してきた「すみやかな廃棄」ではなく、「米朝双方による段階的な同一歩調による非核化」を進めることで合意している。

 中国はさらに今後、北朝鮮に対する国連経済制裁の緩和に乗り出すのは確実視されているほか、ロシアもこの点ですでに経済制裁緩和の意向を表明、さらに韓国も文在演大統領が対北朝鮮微笑外交に転換しつつある。

 こうしたことから、金正恩政権にとって、米朝首脳会談以後の国際環境はきわめて有利に展開してきていることは事実であり、それだけ非核化に早急に着手する必要性が薄らいできている、というわけだ。

 第2に、トランプ大統領はシンガポールでの首脳会談で、金委員長に対し、非核化達成と引き換えに「体制保証」と「大規模経済援助」の2点をとくに約束したが、このうち、後者については、金正恩独裁体制側からみて必ずしも手放しで歓迎できるものではない、との見方が出てきている。

 1980年代、中国が「改革開放」に乗り出し始めた過程で、体制が緩み始め結果として、民主化運動を弾圧する天安門事件につながったのと同様に、北朝鮮国内でも、西側からの援助や経済制裁緩和が人民の改革要求に拍車をかけ、ひいては体制不安定化を引き起こすことにもなりかねないからだ。つまり、金日成―金正日―金正恩と継承されてきた北朝鮮のファミリー支配は、外国との情報や人の流れを極力遮断した厳格な“鎖国政策”があったからこそ維持できてきたのであり、それ自体、何物にも代えがたい現体制の存在基盤だというわけだ。

関連記事

新着記事

»もっと見る