田部康喜のTV読本

2018年7月11日

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田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 オウム真理教による一連の事件の首謀者とされた、麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚とその弟子6人が7月6日に死刑が執行された。NHKスペシャル(7月8日)は、麻原の弁護団が1996年6月から8年間にわたって、接見した極秘の記録を掘り起こした。裁判では事件について、いっさい語ることを拒否した麻原が時に饒舌(じょうぜつ)に、弁護団の追及には時に窮した内容が、約300頁にわたって記録されていた。

 さらに、取材チームは死刑執行の直前まで、麻原と同時に死刑が執行された6人について往復書簡の形で事件を問い続けた。

 NHKスペシャルは、未解決事件file.02「オウム真理教」(2012年5月26日、27日 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1998)のなかで、麻原元死刑囚の教団内で行われた説法の700本に及ぶテープを分析しながら、教団が一連の犯罪に手を染めていった過程を追究した。今回の「オウム 獄中の告白」でも、この取材が生かされている。

 麻原元死刑囚は、事件について何も語らないままに自らの命によって、罪を贖った。オウム事件を担当した裁判長は、次のように述べる。

 「最後までつきつめることができなかった。のちの世の教訓となることができなかったことは残念という思いある」

 メディアは、裁判を超えてその「教訓」を追究するものである。今回のNHKスペシャルは過去の取材も含めて、長期にわたる真実の追究の労作である。

当初は饒舌だった麻原・元死刑囚

 オウム真理教による一連の事件なかでは、まず信者を家族の元に引き戻す活動をしていた坂本堤弁護士と妻の都子さん、当時1歳の長男の龍彦さんの「坂本弁護士一家殺人事件」がある。サリンの製造後は、オウムにからむ事件を審理していた松本地方裁判所の裁判官の官舎を狙ったものの、果たせず民家に死傷者を出した「松本サリン事件」。そして、世界初の都市型テロである首都を襲った「地下鉄サリン事件」などがある。20件を超える事件の死者は29人、被害者は6500人以上に達する。

 番組が入手した極秘の接見記録によると、麻原・元死刑囚は当初は饒舌だった。当時ヒットしていた若者の曲の話になると、「この曲を作ったのは信者ではないでしょうか」と。

 さらに、事件の全容についても、「オウムをやっつけるということに対して、はっきりと主張したい」と語っていた。

 坂本弁護士一家殺人事件についても、一家の死体が教団に運び込まれたとき、「私はまずいな、大変だ、困ったと。坂本弁護士が今後悪行を重ねないとも思った。その後は教団を守るために証拠隠滅を図っていった」と。

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