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2018年7月11日

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田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

地下鉄サリン事件、犯行の真相

 「地下鉄サリン事件」をめぐっては、麻原・元死刑囚が指示したのか、あるいは弟子たちが教祖を忖度し、教団内の出世を望んで犯行に及んだのか、大きな謎だった。検察の調べによると、教団に帰るリムジンのなかで謀議があったとされる。

 麻原・元死刑囚と、教団の№2でその後殺人事件で死んだ村井秀夫と諜報担当で今回死刑執行された井上嘉浩・元死刑囚、サリンの製造担当でやはり死刑執行された遠藤誠一・元死刑囚の会話である。

 麻原 強制捜査をどうすればいいのか?
 村井 地下鉄にサリンをまいてはどうか。
 麻原 パニックになるな。
    (村井に指示したとされる)
 麻原 サリンは作れるか。
 遠藤 条件がそろえばできる。

 極秘の接見記録によれば、麻原は次のように語っている。

 「(地下鉄サリン事件は)井上が中心だった。(わたしは)やめておけといった。村井が『人がもう動いている』というので」と黙認したと主張している。「主体は村井と井上だ」と。

 このリムジンのなかでの犯行の決定について、井上は死刑執行の直前に取材チームに宛てた手紙のなかで、ことなる証言をしている。「サリンをまくと強制捜査は避けられない、という段階で終わっている。撒けという指示はなかった。教団の施設のなかで意思決定がなされた」と述べ、井上自身はその意思決定に加わっていないという。主体は麻原と村井である、と。

 1997年2月10日、弁護団は麻原との接見に際して、教祖としての責任問題を追及している。

 弁護団 教団のトップとして防ごうとは考えなかったのか?
 麻原  考えなかった。
 弁護団 なぜ、止められなかったのか?
 麻原  井上が嘘を言っていたので。
 弁護団 彼らをやめさせる力があなたにはなかったのか?

 麻原・元死刑囚は答えに窮した。約300頁に及ぶ接見記録のなかに、麻原・元死刑囚の被害者に対するお詫びと反省の言葉は一切ない。

 取材チームとの往復書簡のなかで、今回死刑を執行された元死刑囚の慚愧の念が聞こえてくる。

 早川紀代秀 「なぜあのような悲惨な事件を起こしたのか。麻原こと松本死刑囚しかいません。彼にひとつの誤りがないと信じたのが残念です」
 井上嘉浩  「いつわりの現実逃避だった。他者が自分の問題を解決することはないのです」
 中川智正  「(いまだに麻原・元死刑囚を信じる人々がいることに)人生の最後に後悔することがないように。被害者の方とご遺族には言葉もありません」

  
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