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2018年8月26日

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吉村慎司 (よしむら・しんじ)

フリージャーナリスト・北海道国際交流・協力総合センター研究員

1971年鳥取市生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了。97~2010年日本経済新聞社勤務。11年ロシア・ウラジオストク国立経済サービス大学短期留学。現在は札幌市を拠点に、フリージャーナリストとして幅広い分野を取材している。公益社団法人北海道国際交流・協力総合センター(HIECC)研究員も務める。

夕張観光の中核施設、ホテルマウントレースイ(筆者撮影、以下同)

 中国人社長が率いる元大グループ(東京・墨田)が、財政破たんの街・夕張市からスキー場やホテルなど観光4施設を買い取って1年以上が過ぎた。かつて市財政を圧迫し、破たんの主因になったとされる施設群はどう変わるのか。グループオーナーで、昨春発足した「元大夕張リゾート」の社長を務める呉之平氏(52)に聞いた。

――元大が夕張市から観光施設を買い取り、運営を始めたのが2017年4月。それから1年数カ月の間に、何がどう変わりましたか。

元大夕張リゾート呉之平社長

 ホテル・スキー場は見た目の変化が少ないように映るかもしれませんが、館内の非常放送設備を修理したり、Wi-Fiを充実させたりといった最初の投資を終えたところです。夏の夜にスキー場のゴンドラを動かして夜景を楽しんでもらう「ナイトゴンドラ」の運行も始めました。ホテルのハード部分は今秋以降、改装する計画です。 わかりやすい例としては、JR夕張駅横のホテルマウントレースイに、アジアで人気の火鍋レストランをオープンしました。またこれは市からの買収物件ではありませんが、有形文化財に指定されながら資金難で閉館していた夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)を所有者から買い取り、レストランや宿泊機能を備えた観光施設としてリニューアル公開しました。

――ホテルの様子を見ると、中国系を筆頭にアジア人客が増えたようですね。

 とても増えました。インバウンド増のおかげで今夏の宿泊予約数は施設始まって以来の多さです。私自身、買収が決まってすぐに中国、東南アジアなどいろいろなところで夕張のPRをしてきました。その中でもインパクトがあったのは、中国最大、世界でも2位のネット旅行会社であるシートリップ(携程旅行網)社と契約できたこと。中国人の旅行に関してシートリップの影響力は絶大で、ここが夕張を宣伝してくれているのは非常に大きいです。

――呉オーナーは上海生まれですね。元大の会社所在地は東京ですが、日本に長く住んでいるのですか。

 初めて日本に来たのは1988年です。上海で生まれ育って、地元の観光・ホテルの専門学校を卒業して来日しました。ずっと日本行きを熱望していたのかと聞かれるとそうではなくて、当時の日本留学ブームに乗ったというのが正直なところです。そのころ日本政府は「留学生10万人計画」を進めていて、中国からもたくさん留学していました。私は事前に日本について学んだことはなく、日本語は東京の日本語学校で「あいうえお」から勉強しました。語学学校に2年通ったあと、御徒町で仕事を始めました。知り合いに宝石屋の社長がいてそこで修行させてもらったのが最初で、やがて独立しました。

 それからずっと日本ですからもう30年になります。この間、主に宝石の貿易でアジアのさまざまな国・地域に行くようになり、上海はもちろん香港、台湾、東南アジア各地にビジネス人脈ができて、そこから今の夕張の事業を応援してくれる人たちが出てきています。

――なぜ夕張の観光施設に着目したのですか。

 スキー場が売りに出るという情報から興味を持ちました。2016年のことで、そのときは夕張に行ったこともありません。でも北京冬季オリンピックが2022年にあり、中国を始めアジアで今以上にウィンタースポーツが盛り上がるのは間違いない。調べてみると夕張のマウントレースイスキー場は雪質が良くて規模も大きく、新千歳空港から1時間あまりと近く、すごく魅力がある。初めて夕張を見に行ったのは2017年の年明けでしたが、行く前の時点でもう入札に参加すると決めていました。

――情報だけで決めたのですか。普通、大きな施設を買う前には現地をじっくり見て、不動産価値などを入念に調べるのではありませんか。

 もちろん大手企業はそうでしょう。でも私には必要なかった。勘で買ったのかと言われれば、確かに勘です。でもこれは商人としての経験に基づいた勘ですから、ただの思いつきとは違います。誰でも持っている能力とは思いません。

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