名門校、未来への学び

2018年10月1日

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鈴木隆祐 (すずき・りゅうすけ)

ジャーナリスト

1966年長野県生まれ。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーに。著書に『名門高校人脈』(光文社新書)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)ほか。

 日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ…。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

 学校とは単に生徒の学力を担保する場ではない。どうして名門と称される学校は逸材を輩出し続けるのか? Wedge10月号より、連載「名門校、未来への学び」において、名門高校の現在の姿に密着し、立体的に伝えていく。そこで、ここでは該当校のOB・OGに当時の思い出や今に繋がるエッセンスを語ってもらう。

学附高内の通称「ロマンス街道」

 今回取り上げたのは、国立大附属校として開校当時から革新的な教育で全国の模範となってきた、東京学芸大学附属高校(以下、学附高)だ。閑静な世田谷の住宅街にある。Wedge10月号「名門校、未来への学び」では、同校がいま力を入れている「探究活動」にスポットを当てた。 

 学附高は1954年に同大教育学部附属高として開校し、現在学年の約2/3は附属中学3校(世田谷、竹早、小金井)から入学する。Google日本法人元代表の辻野晃一郎さん(現・アレックス株式会社代表取締役社長)も小金井の中学に転入し、同校に進学した口だ。福岡県に生まれ、当時の三菱化成に勤務していた父の赴任地の新潟で育ち、小中と新潟大教育学部附属校に通った。そして、東京に戻る際、たまたま枠が空いており、中2で編入。大学は慶応の工学部だったが、それまではずっと国立附属校育ちということになる。

辻野晃一郎氏

 「オヤジが旧制一高東大法学部卒で、できるだけいい学校に行かせようとしていた面はあると思う。私にも東大法学部を出て、大蔵省(当時)か日銀に行けと言っていた。結局理系を選択して慶應に行ったので背いちゃうんだけどね。高校で友達に恵まれたことは大きい。卒業以来、年に2〜3回、8人くらいでいつも集まる仲間がいるけど、みんな東大に行く実力はありながら、行かなかった連中だね(笑)。

 そのうちの1人とは特に仲がよく、夫婦同士でもちょくちょく会ってますよ。早稲田で雄弁会に所属し、新日鐵に就職した。そして、今は関連会社の常務をしてます。底抜けに明るくて騒ぐヤツでね、たまたま席が隣り合わせになって、それまで学年でもトップクラスだった僕の成績も見る間に落ちた(笑)。

 2人とも映画が好きで、半ドンの土曜日は、よく丸々サボって一緒に映画館に入り浸ったりもしたな。修学旅行のバスで一緒になったアメリカ人の女の子に声をかけて英語ですっかり仲よくなるなど、彼の天性の人懐っこさには敵わないなぁと思ったよ」

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