使えない上司・使えない部下

2018年10月23日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

 今回から3回連続で、新日本プロレスのレフェリーやマッチメイカー、審判部長を25年にわたり務めたミスター高橋さんに取材を試みた内容を紹介したい。今回は、その1回目となる。

 高橋さんは引退後の2001年、『流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーである』 (講談社) を書き著したことでいちやく話題になった。プロレスは、試合をする前に勝ち負けや試合展開が決まっていること、さらには流血試合の真相まで詳細に書かれた内容だ。当時、「プロレスの裏を暴露した」という批判もあれば、「プロレスを新たな見方で観戦できるようになった」という肯定的なとらえ方もあった。

 いずれにしろ、その後も読まれ続け、今なお、話題の書となっている。1970~90年代の新日本プロレス黄金時代を支えたアントニオ猪木選手、坂口征二選手、藤波辰爾選手、長州力選手らの試合を数多く裁いたレフェリーが語る「使えない部下・使えない上司」とは…。

ミスター高橋(高橋輝男) 健康運動指導士

 1941年、横浜市生まれ。スポーツ歴は柔道やパワーリフティングなど。1972年、新日本プロレスに入団。25年にわたり、レフェリーとして2万試合以上裁く。語学力を生かし、外国人選手の担当としても活躍。一時期は、審判部長やマッチメイカーなどを務める。1998年に引退し、新日本プロレスを退団。その後、警備会社の教育部に勤務後、高校で「基礎体力講座」の講師を務める。現在、高齢者の介護予防運動指導や執筆・講演活動などを行う。NPO日本チューブ体操連盟貯筋倶楽部理事長。

 著書に『流血の魔術 最強の演技』 (講談社)『悪役レスラーのやさしい素顔』(双葉社)『知らなきゃよかった プロレス界の残念な伝説』(宝島)など多数。ウェブサイト「GoGetterz」の「ミスター高橋が教える、高齢にもやさしいノンロック筋トレ法」で、中高年向け筋トレ法を教える。

Q 高橋さんは『流血の魔術 最強の演技』(講談社)の中で、アンドレ・ザ・ジャイアント選手と前田日明選手の試合(1986年4月29日)について書いていますね。あれは、いわゆる「不穏試合」だったのでしょうか?私は、インターネットの動画サイト「YouTube」で見ましたが、試合会場には異様な空気が漂っていますね。

高橋:試合の前に決めておいたこと、つまり、マッチメイクで決めたはずの試合展開とはまったく違う内容になりました。あの試合のレフェリーは私ではなかったのですが、ちょっと嫌な予感がしたので控え室から出て、客室の後方から観ていたのです。

案の定、試合開始早々から、どうも様子がおかしい。その後も状況は変わらない。私は審判部長であり、マッチメイカーでしたから、急いでリングサイドへ走っていきました。リングの下から(アンドレ・ザ・)ジャイアントに「(事前に)決めたとおりにやってくれ」と指示を出したのです。だけど、聞こうとせず、不穏な流れのまま、危険な展開となってしまいました。結局、私がリングへ上がり、「没収試合」ということにして止めたのです。

マッチメイカーはごく稀なことですが、相当に危険な試合になっているようなときは、ストップをかけなければいけない立場でもあるのです。選手の立場や生命を守らなければいけない。もちろん、お客さん(観客)に喜んでもらい、満足して帰っていただくことも大切です。しかし、選手が致命傷になるような大きなケガをしたり、命を落としたりするようなことは避けなければいけないのです。

あの試合は、本来は前田が負けることになっていました。私が試合前に前田に「前田、悪いけど、今回は負けてね」と言いました。前田は当然と言わんばかりに「わかりました」と答えていました。対戦相手がジャイアントなのだから、前田に勝たせるわけにはいかないのです。(当時の新日本プロレスとして)そんな結果にはできません。ジャイアントはあの時代、外国人選手のトップですから。

Q 試合開始数分で、アンドレが前田さんの上に乗り、全体重をかけて潰すようなことをしましたね。その後、前田さんがローキックを入れて、反撃をします。アンドレがリング中央で仁王立ちのようになります。前田さんからの蹴りを受けるだけで、ほとんど動かない。前田さんは容赦なく、ローキックを入れます。最後はアンドレが自ら、マットに寝ころび、試合放棄のような状況に私には見えました。

高橋:ジャイアントが寝ころんだのは、「お前が得意とするグランドで勝負しよう」という誘いです。試合前には、前田を子ども扱いにして潰してやろうという考えがおそらくあったのだと思います。ところが、そのようにはならなかった。前田の実力がすごくて…。ジャイアントはきっと、「こんなに強かったのか…」と驚いたのでしょう。そのときには、もう引き返すわけにいかなったわけです。ジャイアントにとって、思い出したくない試合なのだろうと思います。

その後、ジャイアントとあの試合について一切話しませんでした。前田についても、話すことはしません。外国人の選手の間でも、タブーになったようです。ジャイアントは、前田を子ども扱いにするどころか、逆に蹴りを何度も受けました。私は、ジャイアントのその屈辱的な思いや気持ちがわかるから、「なぜ、あんな試合をしようとしたのか」と聞くことはしませんでした。

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