使えない上司・使えない部下

2018年10月23日

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Q 高橋さんは、前田さんのことを話すときは息子さんのことを話すような表情になりますね。『流血の魔術 最強の演技』の中でも、前田さんをずいぶんと擁護しているように思えました。

高橋:うちの子どもたちと(前田さんは)年齢が近いのかな。いやいや、彼のほうがずっと上だ。私は、彼の一本気なところが好きでした。あの頃の前田には、ずるいところがなかった。あのまま(新日本プロレスに)残っていれば、早いうちにトップスターになることができたのかもしれない。お金をもっと稼ぐことができたかもしれません。だけど、新日を辞めた。前田は、どのようなリスクがあるのかを計算しない。それでも、自分が信じる道を突き進む。そんなところが、すごく好きだった。

彼が(新日本プロレスを)辞めようとしているのを事前に感じなくはなかったのですが、2人で話し合おうとする機会や場面はありませんでした。あの頃、私から「前田、ちょっと話しをしようか」と言ったところで、「いや、高橋さん…うん、いいですよ…」とやんわりと断られたかもしれない。私は、あいつのそんな一本気なところ、計算高くないところが好きだったのです。

Q マッチメイカーとして仕事がしやすかった選手と、困り果てた選手をお教えください。

マッチメイカーが決める対戦カードや試合の勝ち負けなどに反論をする選手は相当に少ないので、その意味では仕事がしやすい選手が多かったですね。今も強く印象に残っているのは、トニー・セントクレアー選手です。シュートスタイルの技をしっかりと身につけていて、そのレベルはイギリスでは超トップ級でした。そんな選手が、こちらに(新日本プロレスに)来ると、自分の立場をきちんとわきまえて試合をするのです。

私がたとえば、「トニー、悪いけど、今日寝てくれる?」と言うと、「オーケー、ピーター(高橋さんのこと)。(試合の展開は)どうすればいい?」と答えます。あれが、すごくうれしかった。今でも「オーケー、ピーター。どうすればいい?」という声が耳に残っています。

マッチメイカーとして仕事をするうえで困った選手はごく少数ですが、あえて言えば、ブルーザー・ザ・ブロディです。彼が参加するシリーズは、憂うつになりました。私は外国人選手を連れて、全国(の試合会場)を動きまわるのです。宿泊先のホテルで対戦カードや試合展開を考えていると、彼が私の部屋へ来るのです。「明日、俺の試合はどうなのか?」と聞いてきます。「セミファイナルだよ」と答えると、「なぜ、俺をメインイベントにもってこない?」とさらに聞いてくるのです。そして「(当時、社長であり、オーナーであった)猪木の上に俺をもっていけ。俺をメインイベントにしろ」と言います。

私が、「猪木さんで(会社の経営が)もっているんだよ」と説明すると、「いや、違う。俺が客を呼んでいるんだ」と反論します。「客の目当ては、俺だ」とまで言います。ひたすら、自分の主張を押し通すのです。あれには、困りました。さすがに、彼を負けさせる試合にはしませんでしたよ。外国人選手のトップメンバーの1人でしたから。だけど、毎回、彼をメインイベントにすることはできない。なぜ、あれほどに我が強かったのか、わからない。とにかく強がりで、目立ちたがりで、わがままでした。今も、印象に残っている選手ですね。

                             次回に続く

  
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