安保激変

2018年10月22日

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村野 将 (むらの・まさし)

岡崎研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。現在、日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program、米国務省International Visitor Leadership Program(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

 10月19日、ニューヨーク・タイムズ紙は、トランプ政権がロシアとの間で締結している中距離核戦力全廃条約(以下、Intermediate-range Nuclear Forces:INF条約)の破棄を検討していると報じ、20日には、トランプ大統領自ら条約を破棄する考えであることを明らかにした。

 INF条約をめぐっては、2014年にロシアが条約に違反する地上発射型巡航ミサイル(GLCM)を開発しているとして、米政府が公式に非難。2017年にはその実戦配備が確認されたことを受け、2018年2月に公表された「核態勢見直し(NPR)」(参照:http://wedge.ismedia.jp/articles/-/12095)では、対抗措置を明記するなど新たな米露間の軍拡競争に至る様相を呈してきた。そこで以下では、INF条約の経緯と米国の安全保障コミュニティで行われてきた同条約の維持・破棄をめぐる議論を総括し、それがアジアと日本に与える安全保障上の影響について考える。

(写真:AFP/アフロ)

ソ連のINFは欧州にとって脅威、
米「核の傘」に対するNATO諸国の不安

 INF条約とは、1987年12月に米ソ二国間で締結された史上初の核軍縮、特定兵器全廃条約(無期限)である。この条約は、厳密には核兵器そのものというよりも、その運搬手段を制限する条約であり、搭載される弾頭が核弾頭か通常弾頭を問わず、地上から発射される、射程500~5500kmの弾道ミサイルおよび巡航ミサイルを全て廃棄することに加え、その生産・実験も禁止している(*条約には、情報交換や施設査察などの検証措置規定も含まれる)。

 なぜ米ソがこうした微妙な射程の、それも地上発射型という特殊な条件の兵器システムを全廃するに至ったのか。それには冷戦期の米=NATO間における拡大抑止(核の傘)の問題が深く関係している。

 一般的に、拡大抑止の信頼性は、物理的な能力はもとより、拡大抑止提供国と被提供国の間で、脅威認識がどれほど共有されているかに左右される。冷戦初期の1950年代には、欧州に対するソ連地上部隊の侵攻に対し、米国は核兵器を用いた反撃によって対抗する意思を明示すること(大量報復戦略)で、ソ連を抑止していた。1950年代後半から60年代に入る頃には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を含むソ連の急速な核軍備が進んだことにより、米国の核戦力の相対的劣勢化を懸念する「ミサイル・ギャップ」問題が提起されたものの、実際の米ソの核バランスにはそこまで深刻な変動はなく、1970年代前半までは米国の相対的優位が続いた。その間にも、ソ連と地続きで対峙する欧州と、大洋を隔てた米国との間には、その地理的環境の違いから、ソ連に対する多少の脅威認識ギャップが生じることはあったが、米国の核優位が続き、在欧戦域核も十分な数を備えられていた時代には、それが大きな問題に発展することはなかった。

 ところが、1970年代半ばを境にこの状況が変化し始めた。米=NATOの在欧通常戦力の拡充がなかなか進まない中、ソ連が移動式の中距離弾道ミサイル(IRBM)「SS-20」に代表されるINFを欧州正面に配備し始めたことによって、欧州の戦域核バランスは徐々にソ連優位に傾くようになっていった。ソ連のINFは、米本土に到達するほどの射程は有しておらず、その狙いを欧州に限定していたが、この「米国には届かないが、欧州には届く」という性質が、米=NATO間の拡大抑止の信頼性に大きな疑問を投げかけた。

 米本土に届かないソ連のINFは、米国の安全保障にとって直接の脅威ではない。この状況の中、NATO諸国は、欧州がソ連のINFによって限定核攻撃された場合、「米国は自らが核攻撃される危険を冒してまで、欧州の安全保障にコミットしてくれるのか(核反撃してくれるのか)」という不安を抱くようになった。ソ連のINFには、NATO諸国にこのような不安を抱かせ、欧州の安全保障と米国の拡大抑止とのリンケージを切り離し、弱体化させる(デカップリング)狙いがあったのである。

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