Washington Files

2018年10月29日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 トランプ大統領による中距離核戦力(INF)全廃条約破棄の表明は、けっして米露そして欧州だけの問題ではない。中国を含むアジア、そして日本の安全保障政策をも根本から揺るがしかねない要素をはらんでいる。

 「私が大統領として取り組んだ国家的改革ペレストロイカについては、冷戦終結のレールを敷いたが結果として、その後世界を混乱させる要因になったといった批判が内外にあることは承知している。だが、これだけはあなたにも、念押ししておきたい。自分は在任中にレーガン米大統領との間でINF全廃条約をまとめ上げ、戦略核の大幅縮小にも全力で取り組んだつもりだ。とくにINFでは、当時、極東配備のSS20核ミサイルも撤去させたことで、それまで標的にされていた日本国民をも安堵させることになったんだからね…」

中距離核戦力全廃条約調印 (AP/AFLO)

 冒頭の引用は、ゴルバチョフ・旧ソ連大統領がクーデター未遂の余波で辞任に追い込まれた翌年の1992年4月、新聞社の招待企画で来日した際、東京から京都に向かう新幹線の貸し切り車両の車中で、ウイスキー・グラスを傾けながらほろ酔い加減で筆者に漏らしてくれた述懐の一部だ。

 INF問題については、これに先立つ1987年12月9日、レーガン、ゴルバチョフ両首脳による歴史的なINF全廃条約の調印が行われたホワイトハウスの現場で直接取材した経緯もあっただけに、同氏のこの後日談にはとくに感慨深く耳を傾け拝聴したものだった。
 
 その1980年代当時を振り返ると、ソ連は従来の固定式短距離核SS4,SS5,SS12に代わり、移動式で多弾頭、射程も5000キロ近いSS20を着々と配備、西側諸国にとって重大な脅威になり始めた。このため、アメリカは対抗上、西独、英国、オランダ、イタリア、ベルギーを説得しそれぞれの国にパーシングIIおよび地上発射巡航ミサイル(GLCM)を配備したため、欧州を舞台に東西陣営が核対決の様相を呈しつつあった。さらにそれだけではなく、ソ連のSS20は極東部にも配備され、日本やフィリピンの米軍基地まで標的にされたため、グローバルな核拡散の懸念が広がった。

 しかし、85年3月、ゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長に就任すると、ほどなくアメリカに対し、INFの相互軍縮を提案、その後、さまざまな曲折をへて、レーガン大統領との間で全廃にまでこぎつけることになった。

 そのゴルバチョフ氏が今月21日、今回のトランプ大統領の「INF破棄」表明について、ロシア・インターファックス通信とのインタビューで「これまで米露両国が取り組んできた核軍縮達成のための努力をひっくり返すものであり、賢明な選択ではない」とただちに警告した。直接本人が当時、国内タカ派勢力の反対を押し切ったかたちで最終合意にこぎつけた苦労に満ちた外交成果だっただけに、当然の反応といえよう。

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