食の安全 常識・非常識

2011年8月22日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ライターに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」を開設した。

 「福島県内で製造された生理用品から高放射能」という情報が17日から18日にかけてtwitterで拡散しました。「サーベイメータで測定したら高かった」と情報を出した人がおり、「私も測定してみた」「そういえば、かぶれた」などと大騒ぎ。しかし、発信源らしき人が公開していたサーベイメータによる測定写真を見た専門家が「使い方間違っているよ」と指摘し、騒ぎは一気に収束しました。もともと、高いとされた数値もごく低く、誤差の範囲のものでした。

 どうも、放射線パニックとも言える状況です。京都の「五山送り火」での岩手県陸前高田市の薪を燃やすかどうかをめぐる騒ぎも、実態は小さなリスクなのに非科学的な京都市の判断によって、逆に市民の不安が煽られてしまいました。

 やっぱり、放射線のリスクが理解されていません。そして、「危ない」と声高に叫ぶ人たちの声ばかりが目立って、科学的に妥当な情報が市民に届いていません。改めて説明します。

低線量の放射線のリスク

 「もうわかってるよ。がんになるんだろう?」

 そんな声が聞こえてきそうですが、少し説明させてください。やっぱり、基礎知識を押さえておかないと、先へは進めません。

 放射線は、細胞中のDNAを傷つけます。こうしてできた変異細胞が異常増殖し、周囲の組織も巻き込んで悪性化したのが「がん」です。しかし、DNAの一つの損傷がすぐさまがんにつながるわけではありません。細胞は、DNAの損傷を自ら修復する力がありますし、細胞が自ら死滅して異常増殖を防ぐ場合すらあります。DNAの損傷が複数起き、がんに至るまでの多段階のステップで条件が重なると、不幸にしてがんになると考えられています。

 高線量の放射線を受けると、細胞中のDNAの傷はそれだけ多くなりますのでがんのリスクは非常に高くなります。しかし、低線量の被ばくになると、DNAの傷は減り、がんに至らないケースも増えてきます。それに、個人差が大きいので、同じ線量の被ばくでも影響が異なり、ある人はがんになっても別の人はなりません。

 そのため、がんのリスクは100人中何人ががんになるか、というような確率、すなわちパーセント(%)で表すことになります。

 放射線の影響と対策について勧告している専門家集団、「国際放射線防護委員会」(ICRP)は、がんのリスクを長年検討し続けていて、研究の進捗状況によって見解を変えて来ています。現在は、1Svの被ばくを受けた場合に、死に至るがんリスクは約5%としています。この数字は、広島、長崎の研究のほか、原子力発電所の労働者の調査、それに動物の実験結果なども加味して、専門家が議論し合意した数字です。

 福島原発事故では、作業者の中には高線量被ばくの人が出て来ていますが、一般市民は100mSvよりも低いとみられています。ICRPは、被ばくのリスクが線量に比例すると考えています。100mSvは1Sv(=1000mSv)の10分の1。したがって、がんで死に至るリスクは5%×1/10=0.5%。つまりは、100mSvの被ばくで1000人中5人はがんで死亡するというわけです。

 このあたりの線量までは、人での調査によって影響が確認されており、リスクはほぼ確実視されています。しかし、これより低い線量での被ばくでは、現在のところ、がんリスクの上昇は認められていません。

 でも、「だから、リスクがない」ではないのです。日本人の半分はがんにかかり、3割は致死性のがんになる、と言われています。がんの原因はほかに数多くあり、放射線のリスクがあるとしても、ほかのリスクに隠れて区別できなくなってしまうのです。

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