迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年6月13日

»著者プロフィール
著者
閉じる

立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 
iStock / Getty Images Plus / Feodora Chiosea

 「終身雇用」とはいえ、法律ではないし、何ら強制性もない以上、なぜここまで機能できたのだろうか。日本社会に普通に暮らす日本人なら、誰もが抵抗なく終身雇用というシステムの中にごく自然に組み込まれていく。抵抗どころか、むしろ、いま終身雇用が崩壊しようとしている時になって、不安と恐怖、ないし怒りすら覚える。

「社会人」という言葉の怪

 「人材育成」やら「会社員」やら、英語だけでなく、漢字ルーツの中国語でさえ適訳のない日本独自の用語がたくさんある(参照:「終身雇用」はなぜ、日本社会に定着したのか?)。もう1つ挙げよう――「社会人」。これも適訳がない。英語に直訳すると「member of society」。学生だって社会の一員である以上、なぜ「member of society」に該当しないのか。

 実社会で働く人と学生・生徒との間に意図的に線が引かれたとしか思えない。この「実社会」という概念もまたおかしい。現実社会という意味なら、学生は虚構社会に生きているとでもいうのか。「社会人一年生」という名称はもっと怪異である。あたかも「社会人大学」に入学したかのような錯覚を与えないか。学生も立派な社会の一員である以上、早い段階で過酷な競争社会を知ってもらい、サバイバルするための心得やスキルを教えるのが筋ではないだろうか。しかし、日本の学校はほとんど無為のままである。

 正解、唯一の正解を求める教育が日本人の思考意欲や思考力を奪い、思考停止に陥れる元凶である。「日露戦争は何年に起こったか」という単一(唯一)正答よりも、日本海海戦で連合艦隊がなぜ、バルチック艦隊に壊滅的な打撃を与えられたのかという多面的複数解答(解釈)のほうが、はるかに思考の鍛錬になり、「実社会」に有用である。

 ロジカル・シンキングの力を持たない新卒が一斉に会社に入ると、即戦力どころか、学校の延長として教育に莫大なコストを投入しなければならないのである。

関連記事

新着記事

»もっと見る