迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年6月13日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

あなたの人生を縛る「埋没コスト」とは?

 終身雇用制度には、2つの仕掛けが隠されている。というよりも、企業にとって2本の防衛線が敷かれていたと言ったほうが適切だろう。

 まず1つ目の仕掛けは、「埋没コスト(sunk cost)」である。「埋没コスト」とは、すでに発生しており、取り消しも回収も不可能であるコストを意味する。英語の「sunk」とは、沈没という意味であり、沈んでしまって取り返すことのできない状態を表している。

 たとえば、10億円を投じて開発した新商品は売れないことが分かった時点で、開発をやめるかやめないかを問われる。「すでに10億円を投じたのだから、今さら引き返せない」といった場面である。そこでさらに5億円を注ぎ込んで商品開発を完了して何とか売ってみようとする。結局のところ、売れなかった……。埋没コストは、組織や個人の意思決定に影響する心理効果として働く要素である。「すでに投じたもの、払ったものを簡単に捨てられない」という心理である。

 若いときの賃金の過少支払いはある意味、社員による会社への投資と言ってもよい。何らかの原因で会社を辞めた場合、すでに投下したものは水の泡と化し、「埋没コスト」になる。それを簡単に捨てられないから、サラリーマン人生の後半まで我慢するしかない。後半に入ってようやく賃金の過剰支払いになる。それでも足りないから、最後の退職金を上乗せしてはじめて収支トントンの均衡状態になる。

 これが終身雇用を支える基本的な仕組みである。会社にとってみれば、「賃金の後払い」というシステムである。意地悪な表現でいうと、人質ならぬ「賃質」デポジットのようなものであり、社員を辞めさせないための第1の防衛線になる。

 次に2つ目の仕掛けは、「社会システム」。いくらなんでも、1社や2社、あるいは一部の企業だけが終身雇用をやっても、社員は埋没コストを切り捨て、損切りして転職することはやはり可能である。しかし、日本の場合、ほぼすべての企業が終身雇用制度を導入している。要するに終身雇用は日本の雇用慣習であり、社会システムとして定着したのである。かりに社員が埋没コストを切り捨てて転職しようとしても、どこの会社も終身雇用制度を実施しているから、途中から割り込んでくる転職者には極めて不利な仕組みになっている。このような「社会システム」は、社員の途中脱落を防止するための第2の防衛線と言ってもいいだろう。

 そこまでやっておけば、ごく少数の社員がたとえ途中脱落しても、全体的システムに大きな影響が及ばない。補足として触れておきたいのは、「第二新卒」のことだ。第二新卒とは、一般的に学校を卒業後、一度就職をしたが1~3年の内に離職し、転職活動をする若手求職者(25歳前後)を指す。

 「図表1」を見て分かるように、前期の賃金過剰支払い期間は概ね3~5年。その期間内に会社を辞めた場合、損はしない。たとえば大雑把な計算で前期5年の得と中期5年の損を足して、トータル的に損得なしの10年になるとしよう。理論上10年ほど働いて30代前半に転職した場合、埋没コストは発生しない。ただ年齢的にかなり不利になっているため、10年など呑気な事を言っていられない。1~3年という早期転職は、第二新卒の限界になる。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

  
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