もちろん官僚はそんなことは百も承知だ。ではなぜこういう表現になったか。政府関係者によれば、そこにはある政治家の存在があった。
福山哲郎参議院議員。環境問題をライフワークとし、政権交代後は外務副大臣として、鳩山由紀夫首相(当時)による国連演説「温室効果ガス1990年比25%削減構想」を、「脱官僚」の象徴として、自ら起案したと言われる人物である。菅内閣では内閣官房副長官という要職を務め、菅首相退陣後は参院外交防衛委員長に就いている。
6月29日、選択肢発表当日。国家戦略室のメンバーが資料の最終版について政務に報告する場で、福山議員が「モデルで脅かす気か」と発言。自然体ケースからのマイナス影響だけでなく「現在と比べたプラス」も表記することとなった。当然、外交防衛委員長に資料を修正させる権限などない。弊誌の取材に対し、福山事務所は「一般論として与党議員として行政と意見交換することはあるが、修正を指示する関係にそもそもない」と回答している。
福山議員(当時外務副大臣)は、鳩山演説の直後も似たような行動をしている。鳩山首相が「宣言してしまった」25%削減目標について、あとから経済影響を分析しようと有識者タスクフォースが設置されたのだが、このときも家計負担の増大について、「このまま数値が出て行くと国民にネガティブなイメージを与える」と“封印”するよう発言したと報じられた。
この件について、福山事務所は「一般論として各省庁の都合の良いように研究者の試算結果の一部を切り取って発表することにより、国民に誤解を与え、誘導することは正しい情報公開ではない。国会、報道機関も含め、チェックの必要性がある」と反論しているが、どちらが「国民に誤解を与え誘導している」かは賢明な読者ならお分かりだろう。
枝野幸男経済産業相は、原発ゼロシナリオについて「やり方を間違えなければ、むしろ経済にプラスだと思う」と発言している。今度は、前ページの図で言えば、シナリオのGDP試算値(薄い水色の線)が少しでも上がるために、経済分析モデルをいじろうとでも言うのだろうか。政治家の堕落、ここに至れり、である。
無理を重ねた3つの選択肢
さらに嘆かわしいのは、原発ゼロシナリオだけではなく、15シナリオも20~25シナリオも、無理に無理を重ねて作られていることだ。
それを読み解くには、3つの選択肢が作られたプロセスを知る必要がある。右図を見てほしい。将来の経済規模に見合わない、低すぎる発電電力量を想定する(図A)。さらに、省エネと再エネ投資を、何段階にもわたって強力に追加して織り込む(図B)。これらの「無理」の背後にあるのは、先述の25%削減という“鳩山目標”の呪縛である(図C)。
鳩山政権(当時)は2010年6月、エネルギー基本計画を策定した。原発比率を発電量ベースで約5割にまで高めた計画である。再エネを最大限織り込んでも2割に届かないため、原発を約5割にまで引き上げなければ、二酸化炭素25%減は達成できなかったのである。そこへ「脱原発」を掲げたのが菅直人前首相である。冷静に考えれば、25%削減を撤回しなければ辻つまが合わない。要するに、今回の選択肢は、民主党の生みの親である元首相2人の無謀な「構想」に国家全体がつきあわされた結果とも言えるのである。
今回のシナリオのベースとなる選択肢を検討したのは、経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会だった。その委員を務めた、RITE理事・研究所長の山地憲治氏はこう語る。
「まず、基本問題委員会からエネルギー・環境会議に場が移ったときに、追加対策としてさらに省エネを積み増ししている。これはエネルギー効率の悪い機器の使用禁止など行動を制限するレベルにまで及んでいる。さらに、同様の理由で天然ガスシフトも強めているが、貿易赤字や供給安定性のことを考えれば石炭をもっと重視しなければならないはず。他にも、再エネの不安定性を補うバックアップ電源の議論が不十分、系統対策コストが基本問題委より圧倒的に低くなっている、運輸部門や家庭部門など電力以外のセクターを詰めていないなど、問題が散見される」
このような選択肢をベースにした「国民的議論」に何の意味があるのだろうか。