一丸となる石炭業界
米国では石炭産業の存在は大きい。世界最大の産炭国の地位は1985年に中国に譲ったが、依然世界第2位の石炭生産を行っており、年間10億トンの生産量だ。日本の石炭生産は50年ほど前の最盛期でも年産5000万トン強だった。米国の生産量の大きさがよくわかる。
炭鉱で働く正規の炭鉱夫は10万人もいないが、10億トンの石炭を輸送する鉄道、艀、トラック業界、炭鉱にショベルなどの採炭機械、爆薬、鋼材、タイヤなどの資材を供給する業界など関連業界を含めると大きな産業の規模だ。
米国の石炭はオイルショック以降、石油との比較で圧倒的に価格競争力を持った。特に西部ワイオミング州の露天掘り炭鉱から生産される石炭は品位が悪いものの、価格は安い。価格競争力のある石炭が米国の安価な電気料金を支えている。州ごとの電気料金を見れば、石炭火力の多い州の料金が安くなっている。
米国の炭鉱経営者は先ず共和党支持だが、労働者の大半は民主党支持だ。ただ、支持政党が分かれても、石炭という共通の利害が問題になった時に労使は協調する。1980年代日米貿易摩擦が発生した。米国市場に急激に流れ込んだ日本製の車、家電製品が米国の雇用を奪っていると一部議員は主張し、日本製の車、家電製品を議事堂前で、ハンマーで壊すパフォーマンスさえ行った。この時には米国の産炭州の何人かの議員が日本の閣僚、国会議員に書簡を送り摩擦解消のために米国からの石炭購入を働きかけた。共和党議員も民主党議員もいた。
1990年には、米国で大気浄化法の改正が大きなテーマになった。主として石炭火力発電所から排出される窒素酸化物と硫黄酸化物を規制することが主眼であり、そのために世界初の大規模排出権取引制度の導入が織り込まれた法案だった。石炭の価格競争力に影響を与える改正案であったために産炭州の知事は政党を問わず押し並べて反対したが、議員も党派を超え反対した。民主党は一般的に環境規制強化に賛成するが、この時にはウエストバージニア州選出の民主党のロックフェラー上院議員は強硬に反対した。ウエストバージニア州は石炭産業が当時州最大の産業だった。
ロムニー候補は石炭燃焼に伴う水銀などの排出を規制する環境庁の新規制案に反対し、石炭は米国に最も豊富にあるエネルギー資源であり、200年以上に亘り電力を創り出せる石炭資源の開発に力を入れるべきと主張している。大統領選のテレビ宣伝では炭鉱夫をバックにロムニー候補が演説を行っているフィルムが流されるほどだ。しかし、このフィルムが両陣営の間での石炭論争の口火をきらせることになった。