母親によれば、FBIから電話で聴取を受けただけでなく、ダゲスタンの両親の自宅にも捜査官が何度も訪問してきたという。母親は、タメルラン容疑者はFBIの監視下におかれ、行動パターンや交際関係、インターネット閲覧状況なども全てチェックされていたのだから、テロなどできるはずがないと主張しているのである。
ともあれ、FBIがタメルラン容疑者をかつて捜査していたことは事実であり、今回のテロはFBIの失策であったという批判も多く出ている。
加えて、FBIがタメルラン容疑者について「不審な点なし」と結論づけた後の2011年9月に、ロシアの情報機関から警戒を促され、翌10月に米中央情報局(CIA)の要請で、米政府の「国家テロ対策センター」が、タメルラン容疑者をTIDEと呼ばれる監視リストに登録していたこと、さらに、同容疑者がロシアを訪問し、米国に戻った際、監視リストが機能せず、当局が帰国を把握できていなかったことも明らかになった。FBIのみならず、米国政府の責任も問われそうだ。
重体の身で逮捕されたジョハル容疑者は警察の取り調べに対し(喉の負傷が激しく、また自殺を試みたのか舌も負傷していて、話せないため筆談)、犯行は兄弟だけで行い、犯行の理由はアメリカのアフガニスタンとイラクでの戦争への反発であると自供している。
彼らはインターネットなどを通じ、独自に過激派していったと見られる。そこで、今回の事件は「アメリカ国産」(“homegrown”)テロだと断定されるようになった。【以下後編に続く】
【コラム】チェチェン人への偏見と無知
チェチェンの過激派(チェチェンは、ロシアからの独立を目指す過激派および穏健派、そしてプーチンの傀儡とされるカディロフ政権をはじめとして、思想的・政策的多様性がかなり広く、チェチェンを一体として見るのは禁物である)は、これまで、2002年のモスクワ劇場占拠事件、2004年のベスラン学校占拠事件、2009年のモスクワ・サンクトペテルブルク間列車爆破テロが、2010年のモスクワ地下鉄爆破テロ、2011年1月のドモジェドヴォ空港爆破事件をはじめとする多くのロシアにおけるテロに関わってきた(拙著『コーカサス 国際関係の十字路』、2011年1月の拙稿「ロシア空港テロ事件――その背後にあるもの」、同年3月の拙稿「ロシア政権が恐れる北コーカサス問題と民主化ドミノ」などを参照されたい)。
そのため、テロを実行しているのは、チェチェン人のほんの一部に過ぎないのだが、残念ながら「チェチェン人=テロリスト」という先入観が広く共有されてしまっているのも事実だ。
ともあれ、世界のチェチェンへの関心はにわかに高まった。他方で、チェチェンがいかに知られていないかも露呈された。何故なら、チェチェンとチェコ共和国(東欧)との混同が特にネットユーザーの間で多発し、チェコと米国が戦争になる、米国がチェコに何をした、などの過激な書き込みも多く見られたからである。これに対し、駐米チェコ大使がチェチェンとチェコを混同しないよう異例の声明を出したほどだ。
ただし、このような事件には以前にも起きていた。2008年にロシア・グルジア間の戦争が起きたときも、ロシアとアメリカのジョージア州が戦争かという書き込みが多発していた(グルジアは英語でGeorgiaであるため)。これらのエピソードは世界が旧ソ連地域をいかに知らないかを明確に示しており、またそれが偏見を助長する背景にあるともいえるだろう。
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