有機農家対談 「ぼくたちの農業」

2013年8月6日

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 雇用は、周年で栽培できない地域では難しいでしょうね。そもそも農家自身が出稼ぎする地域もあるくらいだし、青森や長野みたいに加工に熱心な地域も、周年で作業が確保しにくい地域ですよね。

 弘前市のリンゴ農家に聞いたんですけど、あのあたりのリンゴ農家の状況もかなり厳しいらしい。でもいちばん盛んだった時期でも、冬場は出稼ぎに出ている。リンゴ栽培だけでは事業として成り立っていなかった。良かった時代に戻るだけでは足りないんだよね。

 そのリンゴ農家は30代なかばの人ですけど、彼が小学生のとき、クラスにリンゴ農家ではない家の子は5人しかいなかったんだって。でもいまは、リンゴ農家の子供はほんの数人。元リンゴ農家の子供はゴルフ場で働いたりしているそうです。

応援したくなる野菜と、
応援したくなる新しい表現を

久松:震災と原発事故で、農業の置かれていた状況が可視化されてしまったことを嘆いているばかりじゃいけないのかもしれない。復興が進まないのは行政の問題だけじゃない。ウチの農園も、原発事故で離れていったお客さんたちは、事故がなくてもいずれ離れていったんだと考えるようにしています。新しいことにグッと踏み出すタイミングをもらったんだと思います。

小川:原発事故のことはだいぶ吹っ切れたはずなんですけど、「まだそのレベルの話をしているのか?」とイライラすることもあります。計測も対策ももちろん大事です。ただそのたびに同じ話をさせられる。

久松:いま農業についての本(『キレイゴトぬきの農業論』新潮新書、9月中旬発売予定)を書いているんですけど、放射能の問題についても個人的な視点から、正直に書いてみたんです。「ふぐを食べた人も毎年何人かは死んでいる。それでもみんな食べているのは食べたいからだ。だから農家も食べたいと思われる野菜を作ろう」と。でも編集者から「書き方が乱暴だ」と指摘されました。「一農家としての立場と、論者としての立場は違う」とね。その通りなんですよ。

 乱暴に書いてしまうということは、俺もまだ吹っ切れていないんだよね。完全には客観視できていないから、意地悪い書き方をしてしまう。

 震災直後にはあれこれかなり考えました。それまで売上の9割は個人宅配で、原発事故で宅配客が3割ほど減ってしまった。廃業も覚悟したんですよ。いま植えているズッキーニは収穫を迎えられないぞ、と。お客さんがいないんだから。

 吹っ切れるまで3カ月くらいかかりました。それまではかなりトゲのある物言いもしていた。

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