「日中空母戦」の真相


小原凡司 (おはら・ぼんじ)  東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官

1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。IHS Jane’sを経て、13年1月より現職。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock)

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8月15日夜、筆者は北京のホテルでテレビに釘付けになっていた。CCTV新聞(中国中央電子台ニュース・チャンネル)は、「8.15日本投降日」特集を流し続けていた。その内容を見ていて、その日、意見交換した中国側の言葉が蘇った。その言葉は「これからは空母戦だ」である。

 当該特集が16日以降も報道され続けたのは、15日に武道館で執り行われた戦没者追悼式において、安倍首相が、アジア諸国に対する加害責任についての反省も哀悼の意も述べなかったことに対する反発からだ。報道の中で、国会議員の靖国神社参拝、麻生副総理の「ナチス」発言、橋下大阪市長の慰安婦関連発言などは、全て安倍政権の日本軍国主義化の現れとされた。しかし、ここまでは想定内だった。

「いずも」は日本軍国主義化の証拠

 ニュースに釘付けになったのは、ここに、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の進水が含まれていたからだ。これは予期していなかった。「いずも」は、平成22年(2010年)度予算で建造が認められたヘリコプター搭載護衛艦という意味で22DDHとも呼ばれ、基準排水量19500トンである。既に就役している「ひゅうが」級の拡大改良型で、全通甲板を有し、ヘリコプター14機を搭載出来ることから「ヘリ空母」だとも言われる。

「いずも」の進水式 (写真:ロイター/アフロ)

 この「いずも」が8月6日に進水した。CCTVは、「いずも」という名称と進水した時期を軍国主義化の証拠として挙げたのだ。「いずも」という名がなぜ問題視されるのかは、日中戦争の発端となった所謂「上海事変」の際に派遣された日本帝国海軍第三艦隊の編成を見ればわかる。このときの旗艦が「出雲」なのだ。中国にすれば、侵略に来た日本艦隊の旗艦の名を「空母」に付けたということになる。安倍首相が、「侵略」を否定するかのような発言をし、アジアの国々に反省と哀悼の意を示さなかった、2013年の夏にこの名が出現したのだ。

 しかし、CCTVが言う「時期」は、これだけではない。8月6日という日を問題にしたのだ。8月6日は、広島に原爆が投下された日である。原爆投下は中国には関係がないと思えるが、「原爆投下は日本降伏の直接的要因であり、この日に進水させたのは、この恨みを晴らす意志の表れ」だと解説されていた。

 そもそも海上自衛隊はそのようなことを考えたことがなかっただけに、筆者も驚いたのだ。いや、実は、海上自衛隊は「いずも」進水の日を意識したと言う。8月6日を避けたかったのだ。船乗りは迷信深い。縁起の悪いことが大嫌いだ。8月6日は、原爆投下によって広島が地獄絵図と化した日である。日本人にとって、この日は原爆によって亡くなった多くの方々の冥福を祈る日だ。このような日に、新しい艦を進水させたいと思う海上自衛官はいない。

 では、なぜこの日になったのか? それは「いずも」が大き過ぎたからに他ならない。大潮の日でなければ「いずも」は進水出来なかったのだ。6日を逃すと次の大潮まで待たねばならず、以後の艤装に支障を来たす。結局6日とされたが、午前中は、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和記念式が執り行われており、祝賀式典など出来ない。午後にしてもやはり配慮したのだろう。新聞では「華々しく」と報じられたが、実際には控え目な式典だった。

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小原凡司(おはら・ぼんじ)

東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官

1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。IHS Jane’sを経て、13年1月より現職。

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