2024年5月16日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年11月2日

 セルビアは1990年代のユーゴスラビア紛争の中で西側諸国と亀裂が生じ、99年にはベオグラード空爆に際して中国大使館にも「誤爆」が生じるなどしていた。また、セルビアは伝統的にロシアと文化的にも政治的にも近しい関係であった。

 それゆえに中国はセルビアとの関係について、数々の苦難を共にくぐり抜けてきた「鉄のように固い友好関係」と表現し、一帯一路の欧州における目玉商品であるハンガリー・セルビア鉄道の建設(最終的には中国が権益を獲得したギリシャのピレウス港を目指す)における協力関係を推進している。セルビアのブチッチ大統領もそれ自体に異議はなく、2022年にセルビア国内のベオグラード=ノヴィサド間・約80キロメートル(km)が部分開通したことは、同国内で歓迎されている。

 現在この区間ではスイス製の車両が運行されているものの、中国としては中国製の時速200km/h車両を欧州で運行することを悲願としており、欧州連合(EU)圏の保安技術による鉄道への相互乗り入れを可能にするような認証(欧州接続技術仕様=TSI)の取得を目指しつつ、実際に車両の新造を進めている(「諾蘇段正式開始舗設、匈奴鉄路成巴爾幹高鉄里程碑」『環球時報』23.4.15、及び「時速200キロ超の中国製高速鉄道車両を欧州に初輸出」『CGTN Japanese』23.10.20)。

 しかし一方で、セルビア・コソボを含む西バルカン諸国は欧州連合(EU)入りを悲願としている。そのために、日本も18年以後「西バルカン協力イニシアチブ」を推進し、EU加盟に必要な法の支配と民主主義の定着と、各民族間の和解を促進してきた。

 またセルビアも、ロシアのウクライナ侵略を非難し(但し経済制裁には加わらず)、EUの仲介による「ベオグラード・プリシュティナ対話」を通じて、長年鋭く対立してきたセルビアとコソボの平和共存の方向性が固まったことで、EU加盟の道筋が大きく開かれた。

 すると自ずと、鉄道技術にしても政治・社会規範にしても、出来れば中国流を相対化し、よりEUに準拠した方が良いという発想が起こり得る。

一帯一路鉄道への壁

 そのような中、ハンガリー側で実際にこのような選択に関わる問題が浮上した。

 周知の通り、ハンガリーのオルバン政権はEU加盟国でありながら、中国やロシアとも密接な関係を有し、近年は強権的な手法がしばしば他のEU諸国から批判を受けている。とはいえハンガリーはEU加盟国・ウクライナの隣国として、ウクライナの領土保全を尊重し、ウクライナからの難民を受け入れてもいる。国内では孔子学院の受け入れ反対や、ウイグル・チベットの人々への共感に基づく道路の改名など、決して中国との過度な関係強化を望むわけではない批判的意見も表出されている。

 そのような中、ハンガリー政府はハンガリー・セルビア鉄道について、曲がりなりにもEUに加盟している国として、EU域内で広く採用が進みつつある「ETCS保安システム」を採用する必要性を意識するようになった(この背後には、ETCSを強く推すドイツ政府と、鉄道産業メジャーであるシーメンスの働きかけもあるという)。その結果ハンガリー政府と、あくまで中国流の保安システムを主軸としつつEU域内直通にも対応できると説く中国側との間に衝突が生じた。


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