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2013年11月21日

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伊藤弘太郎 (いとう・こうたろう)

キヤノングローバル戦略研究所研究員

2001年中央大学総合政策学部卒業、04年同大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了、17年同大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。衆議院議員事務所、公益財団法人日本国際交流センター等での勤務を経て、15年1月より内閣官房国家安全保障局にて、参事官補佐として韓国を中心とする東アジア地域の政策実務に携わった後、17年7月より現職。専門は韓国の外交安全保障政策。

 韓国の防衛産業による輸出額は近年急増しており、06年は年間約2.5億ドルであったものが、12年には約10倍の約23.5億ドルとなった。11年には輸出額が輸入額を超えている。10年3月の哨戒艦「天安」撃沈事件、同年11月の延坪島砲撃事件など北朝鮮による軍事挑発に対抗するため、韓国軍はハイテク兵器を中心とする装備を海外から積極的に導入している。それにもかかわらず、自国で生産された装備品の輸出額が輸入額を超えたことは特筆すべきことである。

 輸出相手国も過去10年間で急増し、05年には42カ国であったのが11年には84カ国となった。また、07年には1件だった装備品の国際共同開発は12年には6件となり、防衛産業協力協定の締結国も06年に22カ国、12年には32カ国となっている。防衛産業の企業数は01年には78社だったが、12年には96社にまで増加した。特に、航空機製造が01年の7社から12社に、艦艇製造も7社から12社にそれぞれ増加していることは特記に値するだろう。

 それを象徴するかのように、輸出主要品目も当初は米国等へ納入する弾薬など小火器関連の装備が中心だったが、時代を経るごとに大型化、ハイテク化が進み、現在では最先端技術を生かした無人偵察機等の装備品開発にも力を注いでいる。代表的な企業は、サムスン・グループのサムスン・テックウィン、LGグループのLIG Nex1等を挙げることができる。

 韓国防衛産業の起源は、朴大統領の父親である朴正熙(パクチョンヒ)元大統領の時代に遡る。当時は、68年1月に北朝鮮のゲリラ部隊が朴正煕大統領の暗殺を目的に韓国内に侵入した事件等、北朝鮮による軍事挑発が度々発生していた。朴正煕大統領は米国に北への軍事報復を行うよう要求したが、当時ベトナム戦争で疲弊していた米国はこれを退けている。これに失望した朴正煕大統領は、外国からの援助に依存せず、自ら防衛装備品を調達する生産基盤を構築して、自国の防衛力を高める「自主国防」政策を推進した。74年には防衛産業を育成し軍の戦力強化を図る「栗谷(ユルゴク)事業」が開始され、翌75年にはその開発資金を調達するために防衛税が導入された(90年12月末に廃止)。

 ところが93年に金泳三(キムヨンサム)政権が発足すると、約20年近くに渡る防衛力整備を巡る軍と防衛産業との癒着が明らかにされ、両者に対する国民意識は著しく悪化した。一方、90年代に入ると韓国防衛産業は「自国の装備を自らの手で生産する」という当初の目的を達成し、国内調達だけでは国内市場が飽和してしまう。そこで防衛産業の稼働率向上が重要課題となり、海外輸出の重要性が叫ばれるようになったのである。

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