地域再生のキーワード

2015年2月26日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

「日本一高い雪捨て場」と揶揄されていた岩手県紫波町の駅前。それが、年間30万人以上の人が利用するマルシェや図書館に生まれ変わった。そこには社会人大学院で出会った人たちの知恵とネットワークが活かされている。

【Data】 紫波町 人口は3万3793人(2014年10月現在)で、ここ10年余り現状を維持している。もち米の生産量が日本1であるほか、ぶどうやりんごなど果物の生産地としても全国的に知られている。
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 岩手県の盛岡と花巻のちょうど中間、JR東北本線に「紫波中央」という平成になってできた駅がある。人口3万3000人余りの紫波町の中心部近くに駅を作って欲しいという住民の要望で、2億6000万円余りの寄付を集めてようやく設置された。1998年のことだ。

 駅前には町が県の住宅供給公社から28億円余りで購入した10.7ヘクタールに及ぶ広大な町有地が広がっていたが、駅ができても10年以上の間、手つかずのままだった。ご多分に漏れず公共事業の削減と町の財政悪化によって、開発のメドが立たなくなっていたのである。

 「日本一高い雪捨て場」。冬場に町内の雪を捨てていたことから、町民からはそう揶揄する声が上がっていた。

東洋大大学院時代にまとめた「紫波町PPP可能性調査」
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 そんな紫波町のお荷物が動き出すきっかけは、東洋大学の社会人大学院だった。同大学が日本で初めて設置した「公民連携専攻」での“出会い”が町づくりプロジェクトに発展したのである。公民連携とはPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)と呼ばれるもので、民間ができる事は民間に委ね、官がやるべき事は官が責任をもってやるという考え方。

 その社会人大学院に、2006年秋、紫波町に本拠を置く建設業、岡崎建設の岡崎正信さんが入学した。岡崎さんは大学卒業後、地域振興整備公団(現在の都市再生機構)に勤めていたが、創業者だった父親が亡くなった後、社長を継いだ母親を支えるために、公団を辞めて地元に戻った。国土交通省に出向経験もあった岡崎さんは、公共事業に依存してきた岡崎建設は、ジリ貧になるという強い危機感を抱いた。

 「人が作った仕事が降ってくるのを、口をあけて待っている従来型の公共事業依存ではもうやっていけない。中小企業でも、自分で仕事を作る会社にならなければ」

 そう考えていた岡崎さんは、地元自治体にプロジェクトを提案できるような建設会社に脱皮させようと、大学院に通うことにしたのだ。担当の根本祐二教授を前々から知っていたことも決断するきっかけになった。

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