マクドナルドの失敗が告げる
「戦後モデル」の終わり(後篇)

21世紀型のボランタリーチェーンが「小さく」を「強く」する 小川孔輔×久松達央


柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

対談

(画像:iStock)

»最新記事一覧へ

*前篇はこちら

久松:最初の小売りの話にも関わってきますけど、イオンみたいにPBに埋め尽くされた店に働き甲斐がないことくらい、経営側もわかることですよね? 現状の資産を食いつぶしているだけの、短期的な方法であることはわかっているはずなのに、なんで舵を切れないんですか?

小川孔輔さん(左)、久松達央さん(右)

小川:イオンがダメになった理由の一つはマクドナルドと同じで、不動産モデルだったことです。マクドナルドの場合は2000年まではアメリカとは違って約80%は直営店だったのが、店舗数拡大ともにフランチャイズ店を増やしていきました。本社が不動産と設備に投資して、フランチャイジーに貸してリース料を取る形式です。

 イオンももともとはマックスバリュのようなオリジナルの食品スーパーを主体にしていたのに、規模の大きい不動産開発をしてショッピングセンターを作って、専門店を誘致する方法にシフトしていきました。

 店作りに人とお金を投じるよりも、家賃や地価上昇による開発利益が大きかったからです。GMS業界ではダイエーが土地と店舗を買って、イトーヨーカドーがそれをしなかったことが運命の分かれ道だったといわれているんですけど、イオンもダイエーと同じことをやってしまったわけですね。イオンはジャスコ時代から本業のスーパー事業はずっと赤字で、テナントリーシングで利益を上げてきたんです。

 もう一つの理由もやはりマクドナルドと同じで、アメリカから輸入された戦後のチェーンストア理論を、ずっと引きずってしまったことです。これは故・渥美俊一先生の功罪ですよね(※渥美俊一:ダイエーの中内功、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊、ジャスコの岡田卓也など、のちに拡大していくチェーンストアの経営者たちが名を連ねた経営研究会・ペガサスクラブを率いた経営コンサルタント)。中内さんが言っていたことは「良いものを安く」なんですよ。僕も小さい頃は満足に靴も履けなかったけど、中内さんたちの世代はみな食べることに汲々とした経験があるから、食べ物を安定してたくさん供給することが使命になった。しかも値段が安いのなら言うことない。それがチェーンストアの役割で、その方法をアメリカから教わった。

 でも社会のステージは変わります。1995年にマクドナルドがディスカウントに舵を切ったあたりから、局面は変わっているんですよ。変わったのに「良いものを安く」に、さらに「どんどん」を付けてしまった(笑)。その時点で終戦から40年も経っていて、美味しいものに慣れてしまっているわけじゃないですか。ちょっと高くても美味しいものを食べたい人が増えているのに、そっちに舵を切れなかった。

1
nextpage
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
「対談」

著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

WEDGE Infinity S
ウェッジからのご案内

Wedge、ひととき、書籍のご案内はこちらからどうぞ。

  • WEDGE
  • ひととき
  • ウェッジの書籍