WEDGE REPORT

2015年9月8日

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真田康弘 (さなだ・やすひろ)

早稲田大学地域・地域間研究機構客員次席研究員/客員講師

早稲田大学地域・地域間研究機構客員次席研究員・研究院客員講師(法政大学大原社会問題研究所客員研究員兼任)。神戸大学国際協力研究科博士課程前期課程修了(修士・政治学)。同研究科博士課程後期課程修了(博士・政治学)。大阪大学大学教育実践センター非常勤講師、東京工業大学社会理工学研究科産学官連携研究員、法政大学サステイナビリティ研究教育機構リサーチ・アドミニストレータを経て、2014年より現職。専門は政治学、国際政治史、国際関係論、環境政策論。地球環境政策や漁業資源管理など幅広く研究を行っている。著書に『A Repeated Story of the Tragedy of the Commons: A Short Survey on the Pacific Bluefin Tuna Fisheries and Farming in Japan』(早稲田大学、2015年)、その他論文を多数発表。
 

 北太平洋のマグロ資源を管理する国際委員会「中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)北小委員会が8月31日(月)から3日(木)まで札幌で開催された。同会議では資源量が初期資源量の3.6%に激減している太平洋クロマグロについての「緊急ルール」策定を来年行うことなどを大筋合意され、会議終了後の記者会見で水産庁の遠藤久審議官は「新たに漁獲制限のルールを作成することが決まり、クロマグロの資源管理について進展がみられた」と評価(NHK NEWS Web「クロマグロ資源管理 緊急制限ルール作成へ」、2015年9月3日) 、一部新聞はこれを受け、「太平洋クロマグロの資源枯渇を回避するうえで重要な一歩」と報じた(松倉佑輔「解説:太平洋クロマグロ、実効性の高い管理を」毎日新聞2015年9月4日)。

クロマグロ©Naonori Kohira

 筆者らは日本政府とは独立した研究者チームの一員として会議を傍聴したが、我々の見解は、これとは180度異なる。会議は太平洋クロマグロに関して有意味な合意を全く得ることができず、資源管理にまたもや失敗したと言わざるを得ない。日本政府を代表して交渉に臨んだ水産庁の担当官の資源管理に対する極めて消極的な姿勢は明白であり、同種の資源に関する過去の教訓、漁業科学、及び関連国際法の諸規定の主旨のいずれにも即していない交渉態度と評価せざるを得ない。

 ではなぜそう言えるのか、以下太平洋クロマグロの資源状態について簡単に振り返ったのち、会議のポイントに関して順を追って論じたい。

 まず太平洋クロマグロの資源状態についてである。高級寿司ネタあるいはスーパーの比較的高級な食材として販売されている太平洋クロマグロは、国際的な科学評価によると、現在資源量が初期資源量比で3.6%程度まで減少しているとされている。これはつまり、漁獲が行われていなかった頃のこのマグロの量が100匹だったとすると、現在はわずか3~4匹程度にまで減少したことを意味する。これを受け、国際自然保護連合(IUCN)は2014年に太平洋クロマグロを絶滅危惧種指定している。

 こうした危機的な状態を受け、2014年にWCPFCは北太平洋で①30キロ未満の比較的小さなクロマグロの漁獲を02~04年比で半減させること、②太平洋クロマグロの総漁獲努力量(≒太平洋クロマグロを取っている漁船の数)を02~04年比水準に抑制すること、の2つを法的拘束力を伴う措置として決定し、併せて③30キロ以上のクロマグロの漁獲を02~04年水準に抑制すること、を努力規定として採択した。

 しかし、こうした措置はクロマグロ資源の適正な保全管理という観点からは緩慢なものでしかない。現在の規制措置で目指されているのは2024年までに過去に漁獲統計がある1950年代以降の漁獲量の中間値に回復させることであり、これは初期資源量比で7%程度に当たる。過去100匹いた魚が現在4匹を切るまでに減少しているにもかかわらず、現在の目標は10年後に7匹程度に回復させることに過ぎない。

 では、漁業資源をどのレベルに保つことがグローバルスタンダードなのだろうか。これについては日本も批准している「国連公海漁業協定」という条約に明文規定がある。同協定第5条では、「入手することのできる最良の科学的証拠に基づ」き、「最大持続生産量(maximum sustainable yield: MSY)を実現することのできる水準に資源量を維持し、又は回復できることを確保」することを締約国に求めている。

MSY曲線
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 MSY理論では、人間の手付かずの状態にある場合、生態系は均衡が保たれているので、資源は増えもしなければ減りもしない、と仮定される。人が魚を捕り始めると、確かに漁獲対象とされた資源の絶対量は減ってしまうが、魚1匹当たりの餌の量は増え栄養状態が良くなるなどすることから、親魚1匹当たりの資源増加量がふえる。人間が漁獲することによって資源の絶対量は減るが、余剰生産力は増えるのである。MSY理論において親魚資源量と余剰生産力の関係を示す場合に用いられる典型的なイメージが図であり、この図では、もともとの親魚の半分程度の量のとき、余剰生産力が最大であるように想定されている。余剰生産力が最大となる時の漁獲量が最大持続生産量すなわちMSYである。

 国連公海漁業協定付属書Ⅱでは、 MSYという基準は、これを下回った場合全面禁漁を含む厳しい漁獲制限を伴う最低限度のラインとすべきである規定している。ただ、太平洋クロマグロのように初期資源量比4%未満という乱獲に陥っている資源に対してMSYという水準を当てはめると、長期間にわたる全面禁漁という極めて厳しい措置を取らなければならなくなってしまう。そこで乱獲状態に陥っている資源に関しては、上記の基準を大幅に緩め、MSYを回復目標として設定することができるとも規定している。MSYを下回れば直ちに禁漁という赤信号ラインにするのではなく、MSYを当面の目標としても良い、と言っているわけである。

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